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 「またミスしたのか、田中!!」 「はい、済みません。すぐ先方に謝罪の電話をお掛けしますので」 「取引先には資料を渡せと言ったろ。恐竜図鑑を送る奴がどこにいる!」 田中が直属の上司から叱責を受けている。 彼は仕事の出来があまり良くなく、この光景を見ることは日常茶飯事だ。 「ったく......頼むぞ。ただでさえお前は定時退社なんだからな!」 田中は定時で帰る、絶対に。 夏はそれで余裕さえあるが、冬は日没が早い。 定時前退社もざらにある。 もし社内で空気になる時間を迎えてしまえば、えらいことになるからだ。  時計が17時の刻を打つ。 「では、お先に失礼します」 「田中、しっかり水やるんだぞ」 「はい、勿論です!」 田中は庭の向日葵の水やりという偽りの理由で、定時退社を勝ち取っている。 観察日記を毎朝提出することで、辛うじて許しを得ている状況なのだ。 彼の働く会社がホワイト企業であることは一目瞭然であろう。  田中が帰宅。 「ただいまー」 「お帰りなさい。いつも通りの時間ね」 専業主婦の妻 志織(しおり)が出迎えた。 彼らが結婚してからは2年が経つ。 「まぁな。今日も上司に怒られちゃったよ」 「元気出して。あなたはできる人なんだから」 「ありがとう。2階で着替えてこようかな」 田中は階段を上り、自分の部屋へ入った。  およそ10分後、志織が話を思い出し、田中の部屋をノックする。 「ねぇ、ちょっと大事な話があるんだけどいい?」 応答はない。 彼女が痺れを切らして扉を開けると、部屋はもぬけの殻。 田中の来ていたスーツは無造作に脱ぎ捨てられている。 少し遅かったようだ。
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