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「五つ目の性別ですよ。先生が言いかけたところで、僕、寝ちゃったんです」
彼女が大袈裟に言う。
「あら、ごめんなさい! 眠ってたんですね」
そして、思いついたように言った。
「私が今ここで答えてしまうこともできますが……この治験中に、あなた自身で考えてみませんか」
僕は狐に摘まれたような顔になった。
「どうして勿体ぶるんですか」
彼女は一つ一つの言葉に気持を込め、ゆっくりと語った。
「五つ目の性別は、体の性別や心の性別とは比べ物にならないほど大きいのですが、ほとんどの人から見過ごされているんです。あなたにはそれを見つけてほしい」
僕に目の高さを合せ、憐れむように言う。
「――きっと、否が応でも意識すると思いますが」
深刻な表情の新宮医師を、僕はぼうっと眺めていた。
一人ぼっちになった僕は、ベッドにぽすんと腰掛けた。さっきの手鏡を見る。馴染のない女の子と視線が合う。
首を左右に振ると、長いポニーテールがさらさらと揺れた。横を向くと、ピンク色の大きなシュシュが見える。
お目々をぎゅっと瞑り、頰を緩める。
「可愛いって言われちゃった……」
「きゃー!」と、僕は顔を枕にうずめ、嬉しい悲鳴を上げた。足をぱたぱたさせる。顔が熱くなるのが分った。
手鏡を握り、じっと縮こまった。胸の鼓動がいつもより大きく聴こえる。
――新宮恵美教授の研究チームは、国の承認を得るため、新しい性転換技術の治験を行なっていた。彼女たちの開発した機械を使えば、手術を受けなくても体の性別を簡単に切り変えられる。僕はその被験者だ。
治験が終った後、元の性別に戻るかどうかは被験者自身が決めることになっている。もちろん僕は女性として生きてゆくと心に決めていた。
顔を上げ、辺りをきょろきょろ見る。
もう一台のベッドがあった。間仕切のカーテンがぐるりと囲んでいて、中から機械の運転音が聴こえてくる。
「寝てるんですか」
高い声が病室に響く。待っていたけど、返事はなかった。僕は寝返を打ち、夕方のあさがおを眺めた。
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