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銭湯から出ると、宵の明星が瞬いていた。
ぶかぶかのジャージ姿で街を歩く。火照った頰に風を受けるのが心地よかった。病院はこの橋の先だ。
ふと、足を止める。
川の名前を記した看板があった。それを見て気付く。この川は、実家の近くを流れる川と同じものだったんだ。
「七姫市ってこの先にあるんだ……」
上流を見据える。
僕の暮す市とこの街には、同じ川が流れていた。僕にはそれが不思議だった。まるで、遠い外国にいるような気がしてたのに。
欄干に寄りかかり、スマホを取り出す。旅行中、家族で撮った写真が壁紙に設定されている。両親と、小学生の弟と、男の子の姿の僕。四人家族だ。
手首に巻いてある桃色のシュシュが目に入った。治験後の暮しを思い浮べる。僕は思った。
弟に「お姉ちゃん」って呼ばれるのかな。
もう「床屋に行け」って言われないのかな。
可愛い服を着ても受け入れてくれるのかな。
長い髪が夜風になびく。街の明りが水面に映り、揺らいでいた。
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