第一話 新しい体

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 窓から朝日が射し込んでいる。  僕はベッドの上で数学の問題集を解いていた。病室にノートとシャーペンの擦れる音が響く。  教科書を取り出そうと、リュックサックに手を伸ばした時だった。 「ガシャーン」と音がした。僕はびくりと飛び跳ねた。サイドテーブルに置いていた筆箱が、僕の肘に当って落ちたんだ。中身が飛び散る。消しゴムがころころと床を転がってゆく。  サイドテーブルを押しやり、ベッドから降りる。消しゴムは向いのベッドの方へ行き、間仕切のカーテンの下へ消えてしまった。  床に這いつくばり、覗き込む。あった。ベッドの下の暗がりに、小さな丸い影がちょこんと見えた。 「し、失礼します」  一言言って、手を伸ばした。だけど、あと少しのところで届かない。頭をくぐらせて、指先をぴんと伸ばす。背中に触れて、カーテンが不規則に波打つ。 「誰かいるの?」  ベッドの上から声が聞こえた。僕はびっくりして、頭を思いっ切りベッドにぶつけてしまった。 「痛た……」  消しゴムを摑み取り、頭を擦りながらそっと立ち上がる。目の前の光景に、僕は息を飲んだ。  あさがおが鮮やかに咲き誇り、日に照し出されている。ベッドには、僕と同じ歳頃の女の子がいた。床へ零れ落ちそうなほど髪が長い。枕元に敷かれた小綺麗なクロスの上に、年季の入ったヘッドホンが一つ置かれている。  眩しそうに目を瞬かせる。こちらに気付くと、じりじりと僕から遠离(とおざか)った。訝しそうに見つめてくる。僕はドキッとした。 「ご、ごめんなさい! 物を落としちゃって、それを取ろうとしたんです。起こしてしまって、ごめんなさい」  早口で謝る。不審に思われて当然だ。起きたら目の前に知らない人がいたんだから。  彼女は自分の長い癖っ毛を引き寄せて、目を丸くした。耳を澄ますと、機械の運転音が聴こえてくる。彼女の腰の辺りからだ。彼女は僕の髪と自分の髪を見比べて、おっとりとした表情で笑った。 「私を起こしたのは、きみ?」
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