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「本当に女の子になれるんですか」
「なれますとも」
僕の質問に、新宮医師は自信たっぷりに答えた。
「次に目を覚ますとき、あなたはすっかり女の子になっていますよ」
ここは病院の一室だ。ベッドが二台、向い合せに置いてある。患者衣を着た僕はそのうちの一台にいた。梅雨の空に背を向ける白衣姿の彼女は、ここに勤めている新宮恵美医師。歳は僕の両親と同じくらいだった。
「でも手術はしないんですよね。しかも、簡単に元の躰に戻れるだなんて」
信じ切れない僕に、新宮医師は少し強い声で言った。
「失礼しちゃいますね。私の四半世紀の研究の集大成ですよ。人が思い描けることは、人が必ず叶えられるんですから」
僕は黙った。目を瞑って唸って、彼女を見上げる。
「やっぱり、僕が男の人を好きになるだなんて、考えられない」
新宮医師が眉尻を下げ、僕を見つめ返す。僕はたじろいだ。
「理論を教えてあげましょう」
彼女は微笑み、踵を返した。
「まだ誤解してるみたいですね。『性別』と一口に言いますけど、あなたは色んなものをごっちゃにしちゃってます。本当は、人間の性別は五つの違うものが絡み合ってできているんです。女性にするのは、その内の一つだけ」
そう言って、白衣の胸ポケットからジッパー付の袋を取り出す。中には黒い粒々が入っていた。植物の種らしい。
「一つ目が、染色体の性別。染色体は、学校で習いましたよね」
彼女が向き直る。僕は目を丸くした。
「えっと、生物の授業で習いました」
「説明できますか」
口籠る僕に、彼女はくすりと笑った。僕は布団を引き寄せて、熱くなった顔を隠した。
「大丈夫、この話にはあまり関りませんから。……性染色体は、あなたがお母さんのお腹に宿ったその時。受精する瞬間に決まるの。これを変えたら別人になってしまいます。だから、あなたの性染色体は男の子のまま」
窓を開ける。吹き込んできた風が僕のおでこを冷やした。雨がしとしとと聴こえる。外の白い植木鉢に、細い指で、種を二、三粒蒔く。
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