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「新宮先生、時間です」
白衣の男性が廊下から顔を覗かせた。病室の時計は五時過ぎだった。
「いけないいけない。すぐ用意して」
「もう持ってきています」
引戸が開く。「五つ目ってなんですか」と訊こうとした僕は、思わず口を閉ざした。
男性が一台のワゴンを押して入ってくる。白っぽい物が乗っているのが見えた。それに看護師が四人、きびきびとした足取で随いてくる。針みたいな緊張感が病室を貫いていた。
ワゴンがベッドの隣に停った。僕はゆっくりとそれを覗き込んだ。
ベルト型の機械だった。輪っかになって、清潔そうな布の上に置かれている。肌に触れる内側は布製だ。外側は白いプラスチックで覆われている。
「はい、横になって下さい」
もっとまじまじと見たかったけど、促されるまま、枕に頭をあずける。
「お腹を出して下さいね」
僕は渋った。耳が熱くなる。看護師が試すように訊ねる。
「……女の子になりたくないの?」
「な、なりたいです!」
一人が僕のお臍周りを消毒した。そこへ、さっきの装着具をつける。僕はびっくりして目を瞑った。ひんやりして、何かがチクリと刺さったような気がしたんだ。内側は全部布だと思っていたけど、一部違うらしい。
背中を丸め、あお向けのまま機械を見る。見た目よりもずっしりしていた。トランプ大の液晶画面がある。白い筐体越しに、うっすらと内側が見える。薄緑色の管や、茶色い液体の詰まった半透明の容器がぎっちりと畳み込まれていた。僕は恐る恐る訊ねた。
「新宮先生、これは」
「臍の緒と胎盤です。要らないものを吸い取りながら、栄養を送り込むの」
筐体の中央に白い釦がある。新宮医師がそれを優しく押した。液晶画面に青白い数字が浮び上る。機械が低い音を立てはじめた。目をこらす。じわりじわり、管に透明なものが流れ、体へと送り込まれている。
僕は薄い布団をかけて辺りを眺めた。看護師たちが片付け出す。一人がタブレット端末の電源を切り、僕に伝えた。
「最初の性転換には八週間かかります」
「二ヶ月も眠るんですか?!」
新宮医師が窓辺を歩いて言う。
「あなたの十六年間の成長をもう一度やり直すんですから、これでも短いんですよ」
六月のカレンダーが窓の隣にかけてある。ちらりとめくり、七月の頁を見せた。
「胎児に戻すのに一ヶ月、成長するのに一ヶ月。機械の中の栄養や薬品、老廃物は、定期的に取り換えます」
いつの間にか、部屋には僕と新宮医師だけになっていた。彼女が灯りを消す。僕はカレンダーをぼんやりと眺めた。目蓋がだんだん重たくなる。
「治験期間は目覚めてから一ヶ月です。おやすみなさい」
「……新宮先生」
引戸を開けたその背中に、僕は訊ねた。
「五つ目って何ですか」
「五つ目?」
「さっきのお話の続きです。体の性別とか……心の性別とか」
眠気と戦いながら言葉を紡ぐ。彼女は「ああ」と声を上げて、言った。
「いけないいけない。五つ目の性別はね――」
おしまいまで聞く前に、僕は眠ってしまった。
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