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長い長い夢が終った。
目を閉じたまま、今日すべきことを考える。
学校へ行かなくちゃ。朝ごはんを無心で食べて、可愛くもない制服を着て、寝不足な頭で授業を受けて――。
僕は布団の触り心地で、そこがいつもの自分の部屋でないことにぼんやりと気づいた。鉛のような腕でナースコールを探し出し、呼出釦を押す。それだけで疲れてしまった。眠気が僕を引き戻す。
遠くで「ピンポーン」と音が鳴る。十も数えないうちに足音がやってきた。七人くらい引き連れている。引戸の音がした。
「おはようございます」
新宮医師の声だった。
「痛い所や気になる所はありますか」
別の声が聴こえた。長い沈黙の後、僕は目を瞑ったまま答えた。
「痛い所は、ありません。あと、すごくだるい。お腹の下の方が、ちょっと……温かい気がします」
「今、機械を外しますからね」
ぱさりと布団が捲られる。機械の運転音が停る。ベルトのような機械が取り外された。お腹が急に涼しい風に触れて、心地よかった。
ゆっくりと目蓋を開ける。眩しくてすぐ閉じる。白くてよく見えなかった。今まで見たどんな光よりも明るく感じた。片目を閉じたり、薄目で見たりしながら慣らす。
日が射し込む窓を背に、新宮医師が立っていた。
「目の調子はどうですか。耳の聴こえ方は?」
僕はむにゃむにゃと答えた。
「前より景色がはっきり見えます。なんか、自分の声が変なふうに響きます」
八月のカレンダーが目に留った。眠る前のことがちょっとづつ思い出される。僕はドキッとして、少し身を起した。背中が汗でじんわり湿っている。窓の外であさがおが花を閉じていた。白い植木鉢から伸びている。
看護師たちが慌ただしく動いていた。一人は僕の体を拭いていた。一人はタブレット端末に文字を打ち込み、僕の様子を記録している。
その時、黒い滝みたいなものがぱさりと視界を塞いだ。心臓が止るかと思った。髪の毛だった。僕の背丈より長い。首にさらさらとかかって、くすぐったい。頰に引き寄せて笑う。
「ゆ、夢みたい」
自分の声の変りように、今更ながら気付く。
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