第一話 新しい体

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 今までなら裏返っていた高い音も、淀みなく出せる。喉にぴとりと触る。細い首だった。あの喉仏はどこへ行っちゃったんだろう。 「鏡、鏡ってありますか」 「この手鏡を差し上げますよ」  看護師が言うより先に、僕はベッドから降りた。目の高さが頭一つ分、低くなっている。  冷たい床をまっさらな足でぺたぺた駈ける。医師たちがどよめき、道をあけた。「もうしばらく安静にしないと」と呼び止める声もあった。黒い長い髪がずるずると僕を這って追った。  突然、目の前が白く輝いてぐるぐる動いた。ふらりとよろめく。それを大きな手が支える。 「落ち着いて下さい。まだ、脳が新しい(からだ)に慣れていないんです。急がなくても鏡は逃げませんよ」  低く優しい声とともに手鏡を握らされる。目の前の(もや)がだんだんと晴れるのを、僕はドキドキしながら待った。  重い手鏡の中に人影が見えた。長い髪を垂らしている。暑さのためか、頰はほんのりと赤い。白い肌にはにきび一つなかった。長い睫毛(まつげ)をぱちぱちと動かし、黒目がちの目で僕を見つめ返してくる。高校生くらいの見た目の、痩せ気味の少女がそこにいた。 「わーい!」  僕は手鏡を抱えてふわりと跳ねた。 「僕、女の子になったんだ! 女の子になれちゃったんだ!」  飛んで踊ってひとしきり喜ぶと、僕はその場にへなへなと坐り込んだ。すかさず新宮医師が膝まづく。 「どうされましたか。ベッドへ戻りましょうか」 「……か」 「はい?」  僕は手鏡を抱きしめたまま、うつろな瞳で言った。 「おなか、お腹が空きました」
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