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おろおろする看護師をよそに、僕はご飯を搔き込んだ。空っぽの丼を突き出す。
「おかわり下さい!」
「もう十杯目ですよ!?」
一人が注文へ急ぎ、一人がタブレットに食べた量を打ち込む。僕はぱちぱちと瞬きをして、周りを眺めた。
ここは病院に併設されたレストランだ。食器同士のぶつかり合う音が厨房から微かに聴こえる。休憩中の職員や症状の軽い患者が昼食をとっていた。
外の公園で木々が青い葉を茂らせている。風の吹く度、木漏日が地面で揺らいだ。
「唐揚、お好きなんですか」
こくりと頷く僕。
「いつまで食べますか」
唐揚を運ぶ箸を止めて、新宮医師に答えた。
「これでおしまいにします」
彼女が一つ頷く。
「では、私たちは他の患者さんを診なければなりませんから。食べ終ったらさっきの病室に戻ってきて下さいね」
僕は一人で黙々と食べ続けた。
ご飯を口へ運ぶ度に、髪がはらはらと零れて汁物に触れそうになる。僕はその都度、慣れない手付で髪を耳にかけ直した。病室を出る時、床に付かない程度には切ってもらったんだけど。
可愛らしい声が聴こえたのは、その時だ。
「髪、邪魔じゃない?」
顔を上げると、向いの席に女の子が着いていた。僕は箸を落としそうになった。
「ごめんね。びっくりさせちゃった?」
眉尻を下げて、胸の前で細い手を合せる。僕はナプキンで口を拭き、かぶりを振った。
「そんなことないよ」
僕と同じくらいの歳に見えた。彼女はくりくりした目を細めて「えへへ」と笑った。
「一つあげるよ」
両耳の下で結んだ髪をふわりと揺らし、患者衣のポケットをまさぐる。覗いたのは、彼女がつけているのと同じ桃色のシュシュだった。
「いいの?」
頷く彼女。
僕の手の平にシュシュがころんと着地する。僕はそれを胸に抱き、微笑んだ。
「ありがとう。嬉しい」
シュシュを一旦テーブルに置き、首の後ろでもたもたと束ねる。だけど、指の隙間から髪が逃げてしまう。彼女は苦笑した。
「初めてだもんね」
素早く僕の後ろに廻り込む。「失礼するね」と言って、長い長い髪を手際よくまとめてゆく。僕は思った。
君はどうして病院にいるの?
怪我にも病気にも見えないけど。
「これでよし」
彼女は腰に両手を当て、うんうんと頷いた。
「また会おうね」
「えっ? うん。またね……」
僕は小首を傾げつつ手を振り返した。遠のいてゆく彼女の髪は、今の僕と同じくらい長かった。
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