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「パパ――――ッ!!」
ドアマンからベルマンへ、スーツケースと機内持ち込み用のキャリーバッグがバトンタッチされるのを見届けていると、ロビーから甲高い声が届いた。
「こら、走っちゃダメでしょ」
その後ろからは妻の焦ったような叱り声も聞こえてくる。
たったそれだけで、俺はこの数ヶ月分の疲れがどこかへ飛んで行ってしまうような気がした。
ベルマンが傍でスーツケースを手にしたまま立ち止まってくれているのは承知していたのだが、どうしても今すぐ息子を抱きしめたかった俺は、その場で膝をつき、両腕を広げた。
「パパ!!おかえりなさい!!」
俺の胸にまっすぐ飛び込んでくる息子を、ぎゅっと抱きしめた。
「ただいま」
息子の思いっきり全力の笑い顔に、胸が熱くなってしまう。
こんな再会はもう何度も経験しているのに、俺はその都度、涙腺が弱まっていくのを実感していた。
「あなた、お帰りなさい。お疲れさま」
息子を追うような形で俺の前に立った妻は、わずかながら、照れくさそうにも見えた。
これも、毎度のことである。
「ああ、ただいま。お前も、留守を預かってくれてありがとうな」
俺は息子を抱き上げながらも、数ヶ月ぶりの妻の姿をしっかり見つめた。
インターネットのテレビ電話で毎日のように顔を見て会話していたおかげで、さほどの変化は見受けられないが、若干、前に会った時よりも痩せているような気がする。
息子にしたように、妻も抱きしめてやりたかったけれど、そんなことをすれば妻が恥ずかしがって、機嫌を損ねてしまうかもしれないので、どうにか堪えた。
せっかくの家族との再会が気まずくなるなんてご免だ。
仕方なく、俺は息子を左腕で抱いて、右手でぽんぽん、と妻の背中を小さく叩いた。
これだけで、きっと妻には俺の気持ちが伝わるはずだから。
そして俺は、待っていてくれたベルマンに合図してレセプションに向かったのだった。
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