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「それにしても、いつ来てもいいホテルだなあ、ここは」
向かいの席から聞こえた感嘆にハッとし、回想から引き戻された。
「本当にね。さすがは日本を代表する老舗ホテルよね。さっき写真撮影してる花嫁さんがいたけど、こんなところで結婚式挙げられたら素敵よねえ」
「そういや、お義兄さん達は式は挙げないんですか?こんなに若いお嫁さんだったら、もしかしたらおめでたの知らせも近いかもしれないし、早めに挙げておいた方がいいんじゃないですか?」
「ちょっとやめなさいよ。今日はお義姉さんの日なのよ?」
「大丈夫だって。姉貴は器のでかい人だったから、こんなことで怒ったりしないって。むしろ自分が残した家族を支えてくれる人ができたっつって、ホッとしてるかもしれないだろ?」
「そうかしらねえ……?」
ママの弟とその奥さんの会話に、どことなく親戚一同の雰囲気が硬くなった気がした。
彼はママとよく似た良い人で、だから悪気があるわけじゃなしいし、お酒の影響で口が軽くなっただけなのだろう。
それに、きっとママがここに現れたって同じことを言うんだと思う。
よく似た姉弟だったから。
だけど他の親戚が私に気を遣いはじめるのがありありと見て取れてしまい、私はとたんに居心地を失っていったのだ。
「まあまあ、それよりもこのシャリアピンステーキ、あいつの大好物だって知ってたかい?」
パパが和やかに話題を誘導したけれど、私の居心地は戻ってこなくて。
ちょうどメイン料理を食べ終えた私は、ナプキンをテーブルに置いて立ち上がった。
そして、隣から心配げな視線を受け止めつつも告げた。
「もうお腹いっぱいになっちゃった。デザート、私の分も食べておいてくれる?私、クリスマスツリー見てくるから」
初対面時からお互いに敬語はなし、年の離れた友達みたいな感じでいこうねと交わした約束通り、私はフランクに伝えた。
うまく笑えたはずだ………と思いたい。
すると義母もふっと微笑んでくれた。
「そう………。じゃあ、私もデザートをいただいたらツリーを見に行くわね。ロビーにあるあの大きなツリーのことよね?」
「うん、そう。本物の木を使ってて、毎年あれを見るのが楽しみなんだよね」
「私ははじめてだから、楽しみだわ。それじゃ後でね」
「うん、後で」
「気をつけて行けよ」
「同じホテルの中なんだし、何心配してるのよ。じゃあね」
私は義母とパパに手を振って、親戚が大集合してるレストランの個室を脱出した。
店を出ると、ようやく一息つけた感覚があった。
今日の集まりには父方母方両方の親戚が来ており、義母との再婚後はじめてということもあって、いつもより出席人数は多かった。
みんな、悪い人達じゃない。
でも、私は少し息が詰まる思いがした。
だから、叔父と叔母の会話をいい口実に使わせてもらったのだ。
それに、クリスマスツリーをゆっくり見たかったのは事実だから。
幼い頃から毎年のように訪れていたこのホテルは、各エレベーターの配置から化粧室への最短距離に至るまで、だいたいは把握している。
だから高層階の馴染みのレストランを出てロビーに降りるまでの道順なんて、迷うはずなかった。
ところがエレベーターで一階に着いたとき、ほんのかすかにギターの音色が聞こえてきたせいで、不本意ながら迷子になってしまったのだ。
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