またね。

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「お待たせ。そろそろ会場のセッティングが…………え、女子高生?」 男の人は制服姿の私を見るなりギョッとして立ち止まった。 「ああ、大丈夫。彼女は知り合いだから」 そう答えてから、彼はこそっと「さっき知り合ったばかりだけど」と私に目配せする。 クスッと微笑まれて、思わずドキリとした。 男の人は、彼のそんな口から出まかせを丸っと信じたようだ。 「あ、そうなんだ?どうもはじめまして。俺はこいつのマネージャーをして…」 「挨拶はまた今度でいいよ。もう行かなきゃいけないんだろ?ほら手伝え」 「おっとそうだった」 彼がギターをケースに入れはじめると、男の人も手早くテーブルの上にあるものを片付けだした。 すると彼が横から手をはさみ、ひょいっと二通の封筒を拾い上げる。 まるでその二通は特別なんだと言ってるような仕草が、印象的だった。 急いでいるのだろう、あっという間に彼の荷物がなくなっていった。 そして 「じゃあ俺はこれ持って先に行ってるから。遅れないでくれよ?」 そう告げ、男の人は私にもぺこりと会釈して小走りで行ってしまった。 彼は「はいはい」と顔も向けずに返して、丁寧にギターケースを背負った。 「そういうわけだから、俺はもう行くけど…」 残りのギターケースを手に持った彼を前にして、私はタオルハンカチを握りっぱなしだったことに気付いた。 「あの!すみません、これ……」 「ああ、それ、あげるよ。クリスマスプレゼント」 「そんな、いただけません…」 でも待って、私の涙を拭いたハンカチをそのまま返すのもどうだろう。 本来なら洗濯してから返すべきなのだけど……… 私が逡巡すると、彼も何か思案を匂わせた。 「………だったら、来年もこのホテルでまた会えたら、そのときに返してくれたらいい」 「え?」 「だって毎年きみのお母さんの法事のあとはここに来てるんだろう?」 「そうですけど、でも必ず会えるとも限らないし、それなら事務所の方に……」 お送りします、と言い終わる前に彼が「いや」と首を振った。 「会えるか会えないかはっきりしないくらいが丁度いい」 「……どういう意味ですか?」 「いや………つまり、俺もまたここでディナーショーを開けるように来年も音楽活動に精進するから、きみも、新しいお母さんとわだかまりがなくなるようにちゃんと話してみたらどうかってことだ。きみが納得できるまで。で、来年もしまた会えたら、ここで互いの成果発表をしたらいい」 彼の提案はひどく曖昧なものだった。 けれど私には、その曖昧に惹かれるものがあった。 「納得できるまで………話せるかな」 「話せないならそれでいい。ただ、何もしなかったら何も変わらないだけだ。ずれた価値観はそのままで、きみとお母さんの ”普通” が混ざることはない。悶々と悩むくらいなら、なぜきみの新しいお母さんがそんなことを言ったのか、きみが納得できるまで話を聞いたらいい」 「それはそうなんですけど……」 それができたら苦労はしない。 でもまだ家族としては新米な私達には、本心をさらけ出すなんてハードルが高過ぎて。 彼は「ま、はっきりと言葉で聞くだけがすべてじゃないけどな」と言いながらギターケースを肩に掛けなおす。 「クリスマスカードの彼女だって、俺が覆面アーティストをしてることに最初は懐疑的だった。でも自分で確かめて、考えて、結果的には俺の言葉を聞かないままでも俺の選択を受け入れてくれた。少なくとも俺はそう思ってる。そんな人がいるっていうのは、なかなか心強いものだよ」 そして私の前に立つと、ぽん、と肩に手を置いて。 「価値観も ”普通” も、みんな違っていて当たり前だ。他人を傷つけたり押し付けない限りは、どれが正しいとか間違いとかもない。あの曲のタイトルみたいに、どっちも正解なんだ。大切なのは、その差を埋め合わせる努力ができるかどうかだ。大切な人や家族が相手なら尚更な。ま、とにかく、きみときみの新しいお母さんの関係が進展できるよう、ロビーのクリスマスツリーにお願いしておくよ」 どうやらあのツリーは願いを叶えてくれるらしいからな。 彼はニッと唇に笑みを乗せた。 「だったら私も、あなたの活動が来年もその先もずっとうまくいくよう、ツリーにお願いします」 あのツリーにそんなジンクスがあったなんて知らなかったし、そういうのあまり信じないタイプだけど、お返しにそうしたいと思ったのだ。 彼は一瞬表情が止まって、でもすぐにフッと笑った。 「プレゼント交換みたいだな。来年が楽しみだ」 ぽんぽん、肩が叩かれる。 「じゃあ、またな」 軽やかにそう告げると、彼はポケットから取り出したマスクを付けて部屋を出ていった。 本当にまた会えそうな、そんな残り香を置き土産にして。
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