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そのとき、誰かが近づいてくるのがわかった。恥ずかしいから来ないでほしい。ちらりとそう思ったけど、どうせ知らない人だろうし構いやしない。どうでもいいと無視することに決めた。
しかしそいつは近くで立ち止まるとそれきりどこにも行こうとしない。空気を読めよと睨んでやった。
そこにいたのは大吾だった。むすっとした顔で、呆れたように私を見下ろしている。すっと差し出され、何かと思えば温かいコーヒー。砂糖入りの嫌いなやつだ。いらないと返してやろうかとも思ったけど、それきり大吾はそっぽを向いてしまったから、私はそれを飲むしかなかった。
プルタブを捻るとコーヒーが薫り、口に運ぶと豊かな香りと一緒に優しい甘みが口の中に広がった。
……おいしい。思わず私はため息をついた。いつのまにか涙は止んでいた。
「なぁ」
ぶっきらぼうに大吾が言った。
「気づいているかわかんないけどさ。
お前って勝手だし、面倒くさいやつなんだよ。
時々すげえ無鉄砲だし。こんな夜更けに女一人でいるなんて、危なくて見てらんねえだわ」
大吾がこんなに喋っているのを私は初めて見たかもしれない。私はびっくりして大吾を見ていた。
大吾ってこんな顔してたっけ。
「そんなお前にこうして付き合うやつなんて、そうそういないんだぜ」
ぽかんとして大吾を見る私。それを見て「あーもう!」と頭を掻きむしり、大吾は私の肩を掴み引っ張ると言った。
「だから何が言いたいかっていうと。
お前には俺がいる。このいまを憶えていてくれよって、そういうこと」
いつも無表情でよくわからない奴だって思っていたけれど、よく見ればいまは耳まで真っ赤にして照れているのがわかる。
可愛いかも。私は他人事のように大吾を見ていた。
真っ赤になりながら真剣な表情でこちらを見据える大吾の向こうで、街灯がちかちかと点灯していた。
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