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学院を卒業したラルフは、クルーガー伯爵家の当主が代々たどった文官としての道ではなく、騎士団へ入団することを選んだ。
それと同時に騎士団の宿舎へと入寮し、そのままほとんど家に寄り付かない生活を送ってきた。
名門公爵家の出のエリザベートが再嫁してきて以来、先妻の子のラルフを良く思っていないことを公然と口にして憚らないので、ラルフが年頃になっても、本来、縁談が持ち上がるはずの伯爵家、男爵家などはザイフリート家に睨まれるのを恐れて、縁組を避けるようになってしまった。
父がいくつかの家に打診をしたらしいのだが、どれも曖昧な理由をつけて断られた。
ラルフが二十四にもなって婚約の話の一つもなく、独り身でいるのにはそういった事情があった。
騎士団に入ってからは上役や朋輩たちから、知人の令嬢や姉妹をどうかという申し出を受けたことが何度かあるが、面倒に巻き込むのも申し訳ないと思い、自分の未熟さを理由に辞退してきた。
おかげで騎士団内では、すっかり色恋に興味のない、朴念仁の変わり者だと思われている。
(まあ、レイフが成人して正式に伯爵家の跡取りと認められればあの人も気が済むんだろうから、それからゆっくり考えてもいいか。まあ、その時にこんな俺でもいいという物好きな女性がいればの話だが……)
そんな風に考えていたのだが、まさかこんな風に突然、縁談が宙から降ってくるとは思わなかった。
公爵邸に着くと、門の大きさを見てすでに父は圧倒されていた。
「四頭立ての馬車がゆうに二台はすれ違えるな」
ラルフはヴィクトールに呼ばれて何度か来たことがあるので、邸の豪壮さには今さら驚かなかったが、馬車が門を入り、馬車寄せに入っていったときに、ヴィクトールだけでなくクレヴィング公爵自身が出迎えに出ていることには度肝を抜かれた。
「こ、公爵閣下!」
父はその場で馬車から飛び降りてひれ伏さんばかりに動転していた。
馬車が止まると、ラルフと父は御者がステップを置き、扉を開けるのを待つのももどかしく転がるように馬車から降りるとその場に跪いた。
「こ、これは公爵閣下。直々のお出迎えなどあまりに畏れ多い……っ」
「ほら。こうなるから父上は部屋でお待ち下さいと申し上げたでしょう」
公爵のかたわらに控えたヴィクトールが苦笑しながら言う。
公爵はヴィクトールによく似た精悍な顔立ちに、威厳と風格を加えた顔で重々しく首を振った。
「いやいや。本来ならばこちらから伯爵家へお詫びに伺わねばならぬところを、それではかえってご迷惑をおかけするということでこちらへご足労頂いたのだ。出迎えくらいはさせていただかねば申し訳がたたぬ」
そう言って頭を下げる公爵の姿に、ラルフは父と並んで
「はっ。もったいなきお言葉!」
とさらに深く頭を下げた。
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