17.騎士ラルフ・クルーガーの生い立ち

2/3
128人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
 エリザベートの実家のザイフリート家は四大公爵家の一つで、彼女が嫁いできた当初から父は頭が上がらなかった。  公爵家の令嬢であったエリザベートがなぜ、伯爵である父の、しかも後妻として嫁ぐことになったのかについては、当時は宮廷でもかなり、あれこれと取沙汰されたらしい。  何がなんでも王妃になる、王太子以外の男には嫁がないと言い張って婚期を逃しただとか、その気の強さが災いして、挙式の直前になって婚約者に逃げられただとか様々な説がまことしやかに囁かれたが、本当のところは不明である。  ともかく、 「新しいお母さまがいらっしゃいますよ」  と乳母のクララに言われて幼心に期待と不安で胸をときめかせて出迎えたラルフを、エリザベートは出会った最初から当然のように無視をした。  冷たい無関心は、異母弟のレイフォードが生まれてからは激しい嫌悪と敵視に変わった。  生まれたばかりの赤ん坊が珍しくて揺りかごを覗いていただけなのに、レイフォードの頬や手をつねって泣かせたと言われて鞭で手を打たれた。  よちよち歩きのレイフォードが、ラルフの姿をみつけて歩いて来ようとして転べば、突き飛ばしたと言われて食事を抜かれて屋根裏部屋に閉じ込められた。  弟と関わるのを出来るだけ避けるようにすれば、 「レイフォードの存在が邪魔なのね。憎んでいるんでしょう!」  と泣き叫ばれ物を投げつけられた。  そんな時、父は困惑しきった顔で、 「もうやめなさい。ラルフはそんな子ではないよ」  と言うだけだった。  そう言われたエリザベートは、ますますラルフへの憎悪を大きくし、父がいないところで執拗にラルフを責め立て、やってもいない罪をきせて罰するようになった。  そんなエリザベートに対して猛烈に抗議をしてくれたのは、ラルフの母の生前から仕えてくれている使用人たちだった。  特に乳母のクララは、ラルフをかばって真っ向からエリザベートと対立した。  エリザベートは「使用人風情がなんと無礼な」と激昂し、父に訴えて彼女を解雇しようとした。  そうならなかったのは、ラルフが泣いて父に懇願したからだ。  クララがエリザベートに抗議したのは、自分がクララにエリザベートに苛められていると嘘を言ったからだ、クララは何も悪くない。だから辞めさせないでと訴えた。  母に先立たれ、父は新しく来た義母と異母弟を尊重しなければならない立場となった今、ラルフのことを心から愛してくれるのはクララをはじめとする数人の使用人たちだけだった。  クララがいなくなったら自分は一人ぼっちになってしまう。お願いだから僕を一人にしないで、とラルフに縋りつかれたクララは泣きながらラルフが父にそう訴えることを承諾してくれた。  父は戸惑いながらも、エリザベートの手前、見過ごしにすることは出来ずラルフを鞭で打たせた。クララはその間、床に突っ伏して泣きじゃくっていた。  十三歳になったラルフが、王都に実家があるにも関わらず王立学院の寄宿舎へ入ることを望んだのは、自分が実家から出ることで、クララやバートラムなど、自分に同情的だと思われている使用人たちを守りたかったからだ。 自分が実家にいる限り、エリザベートは何かと理由をつけて攻撃して来ようとする。 それを目の当たりにしたクララたちは、止めたい気持ちと、止めることで自分たちが解雇されればラルフがつらい思いをするという気持ちとの板挟みで苦しみ続けることになる。 それをなくしたかったのだ。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!