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「ククッ」
ふと横から笑い声が聞こえて、いつものようにキッと睨み付ける。
「なによ」
「いや、解りやすいな、と思って」
そう笑うのは、ココア色の長い前髪を気だるげにかきあげる男、ジェームズだ。彼は現同僚であり元先輩である、騎士団の。
「先輩、仕事中は私語厳禁ですよ。学校で習いませんでしたか?」
「お前、本当に王子の事狙ってたのか? 冗談かと思ってたのに」
「過去形になってますけども先輩、私、進行系で頑張ってる最中なので邪魔しないでください、ほんと私語厳禁」
「そんな女いるんだ。お前ほんと変わってるよな」
「これっぽっちも変わってませんから、私語厳禁って言葉、意味わかります? 先輩」
ただ、ジェームズの言うことも、もっともなのだ。
この転生した世界では、いや、他の国はどうだか知らないけど少なくともこのコーポラル国では、女性は慎ましくしおらしくたおやかであることが常識であるようで。
ところが私はというと、伯爵令嬢として産まれただけでは満足できず、もっと高みを目指そうとしている。
問題は、なにも頑張らなくても食っていける生活に慣れ親しんでしまっている平和ボケした両親が、私の“目指せ政略結婚”にまったく乗ってくれないことだった。
痺れを切らした幼い私は、ナイスプロポーションを作るため始めた負荷運動と、前世の学生時代弓道部だった勘が残ってたお陰で、珍しさもあったのかコーポラル国で初めての女性騎士として就くことが出来。
コーポラルが目指す「男女平等」の謳い文句のおかげで、国外へのアピールを兼ねてなのか、目立つ王太子の護衛に就くこととなり。
見事なまでに、玉の輿一直線コースに入ったのだ。
女性はお見合いなり許嫁なり口説き落とされるなり、とにかく受け身側でしかないこの国ではまだ珍しすぎる私の行動力と野望のことを、ジェームズは言っているのだと思う。
それにしたって、婚約者って聞いてない。
こんなに頑張ってきたのに、ここまで来たら普通、王子と女騎士の間に何かが生まれるだろ普通。
なんも生まれてないじゃないか。
私は3歳の頃から、王太子が産まれたと知ったその時からこの高みを目指してきたというのに……。
聞こえるか聞こえないかの距離の先に、フワフワと穏やかな空気を漂わせて団欒しているアレン王子とユリーシア様を、私はただこうやって護衛しているだけ。
「まあそんな気落とすなって。まだチャンスあると思うぜ」
「え?」
思わず振り向くと、ジェームズはチャラチャラとユリーシアお付きの侍女と手を振りあっている。
「……先輩、まさかもうあの子に手出したんですか……」
「ん? いや、これから」
相変わらず股の軽いジェームズだが、今は少しでもすがりたい。
「チャンスってなんですか?」
「知りたいの?」
「知りたい」
「私語厳禁は?」
「はて……」
すっとぼけるとジェームズはしばらく苦しそうに悶えていた。笑い過ぎだ。
「……はーーくるしっ。そんな知りたかったら後で来いよ。あ、あんま早く来るなよ」
「……」
どうやらあの侍女は今夜、こいつに食べられるようだ……アーメン。
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