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第1章 24話 舞踏会
舞踏会当日。朝勤務を普通に終えてしまったミズリーは途方に暮れていた。
「やばい……これはやばいかも……」
アレン王子はずっと忙しかった。いや、ミズリーが休息日だった前日からなのだろうが、この日の為に新調された衣装数点の最終チェックやら出席者確認やら舞踏会関連でこなせなくなる通常業務の準備や消化やら色々。
朝からひっきりなしに王太子の部屋の扉の開け閉めをして察しているだけなのだが、とにかく周辺が慌ただしかった。
そう、今日はひとつもアレン王子と視線が交わることはおろか、姿さえも拝めていないのだ。
「まあ、あれだ。玉の輿が無理なら、妾とか、な?」
官舎に戻る道中の、回廊を横並びで歩くジェームズを、ギロリと横目で睨む。
「まっったく慰めにもならないんだから、黙るという選択肢も覚えましょうか先輩」
「ほら、王子だけが男じゃねーだろ? 王族に限らず金持ちんとことかさ。あ、王子の弟っていう手もあるぞ? 今どこにいるんだっけ? それに、身体だけならオレ全然なんぼでも提供できるぞ? 金はないけど」
「……あのねえ、色々言いたいけど今元気ないから、ほっときますわ。お疲れ様でした」
そう言って、ズンズンとジェームズを置いて先に官舎に向かった。
ジェームズは何か勘違いをしているようだが、ただ金持ちの嫁になりたい訳じゃないのだ。
昔から王子への恋心を漏らしまくってたというのに、まったく伝わってないじゃないか。
色んなことにイライラアセアセしていると、自分の部屋に戻ってきてもまったく落ち着かなく、部屋の中をウロウロする。
「どうしよう、ほんとにどうしよう……。このままアレン様が誰かと恋に落ちたりしたら。もしくはユリーシア様がやっぱり相手に相応しいと再確認されて、話が進んじゃったりしたら……」
不安材料しか思い浮かばず、ミズリーは頭を抱えたまま器用にベッドへダイブした。
舞踏会が行われる場所は賓客棟の『白の間』という名の通り、白を基調とした広いフロアーだ。
前庭から馬車で続々と現れる色とりどりのドレスを纏った貴婦人達によって彩りが与えられ、反対にそのシンプルな部屋が彼女達のドレスを引き立て、華やかな空間となる。
広間は高い吹き抜けになっていて、グルリと囲うように2階からも舞踏会の様子が伺える。
アーチ状に等間隔でくり貫かれた壁の向こうには広大な庭、反対はまた別の会場かのようにズラリと目にも鮮やかな食事が美しく盛られているフロアーだ。
王族に関連する者や招待客、メイドや騎士などが溢れかえっている中で、不審な動きをする者がいた。
我慢できなくて現れたミズリーだ。
「来ちゃった……警備担当じゃないのに、来ちゃった」
白の間と庭をつなぐひとつのアーチの柱の陰から中を覗き込む制服姿のミズリーは、視線だけは無遠慮にあちこち巡らせて舞踏会の様子を確認する。
婚約者候補達を一目見ようとやってきたのだが、いかんせん人が多くて誰が何やらさっぱりであった。しかも妙齢の女性も多い。
「まさか……全部候補者とかじゃ、ないよね? そこまで王様、張り切っちゃってないよね……?」
どれがそうなのかまったく判断がつかないので、諦めてアレン王子の姿を探す。
それはもう迷わず一発で目に飛び込んでくる。人だかりができてるからではない。もちろんそれもあるが、ダントツで華があるのだ。
シャンデリアから零れ落ちる光を受け止め煌めく金髪に濃紺のジャケットとズボン。ボタンや肩口の装飾、ラインなどはゴールドで、白い滑らかな肌と金髪のアレン王子にとても映える。
柔らかく優しげで紳士な微笑みをたたえて、ひとりひとりに丁寧に挨拶を交わしている。まさに完璧な佇まいである。
はっきり言って、“あちら”と“こちら”には大きな隔たりがあった。
ミズリーは今さらながら、よくもまああのお方を全裸にして頂いちゃおうと計ったよな、と血の気が失せるほどである。
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