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第1章 25話 モテ期か危機か
思っていたよりも呆然としていたらしく、マークが腕を取り引っ張りあげて、フロアーから庭にせり出すように設けられたテラスの、石で彫刻された美しい柵にもたれかかるように促してくれた。
「ミズリーお前さあ、本当にアレン王子狙ってたんだな」
「……笑える?」
「うーん。どっちかっていうとビックリのほうかな。あんなテッペン目指さなくても、お前なら引く手あまただろうに」
「どこが。自慢する訳じゃないけど私、今だかつてナンパされたことないからねっ」
「ナンパってなんだ?」
「平たく言うと、道すがら告白されるようなやつよ」
ムスッと答えると、なぜかマークは呆れていた。
「ミズリー……お前鈍感すぎ。お前は声をかけてもらえなかったんじゃなくて、声がかけられない状態だったんだよ」
「……どゆこと?」
「ミズリーの守護神が、すんげえ目光らせてたんだって」
「…………どゆこと?」
ミズリーは大きく首を傾げた。
まさかこの異世界は自分が知らないだけで、神様が拝める世界だったのだろうか。
シュン、シュンと左右後方を振り返って確認するも、綺麗に照明が当てられた庭園しか飛び込んでこない。
「あははっ」
マークは楽しそうに笑っている。
「いいよそれで、ミズリーは」
「ちょっと、意味がまったくわからないんだけど、え? みんな、神様が普通に見えてるの?」
「うん、すんげえ見えてる。だから皆ビビってミズリーに手出せなかったんだから、俺も」
「ん?」
「とにかく、あんまひとりでウロウロすんなよ。ミズリーはクールビューティーに見せかけて隙が多いからな」
そう言うと、マークはポンポンとミズリーの肩を叩いて、フロアー内に戻っていってしまった。
マークがいなくなってからも、しばらく呆けたようにミズリーはテラスに佇んで、先ほどから始まった楽団の奏でる音楽に乗せて優雅に踊る、国の上位者達の世界をぼんやり眺めた。
どの娘達も美しく、自信から溢れる輝きと、自分達の見え方をよく知っているのだろう、もしくはよく知る者達によって選ばれたドレスを着こなしている。
なんとなく視線を自分に落とした。
騎士の制服。もちろんとても気に入っているのだが、この服を着ている限り、自分はあの舞台、候補者達と並ぶ位置には立てないのだ。
これが夢物語ならば、なにかのラッキーチャンスが生じて、ドレスが与えられ、メイド達によって美しく着飾り、王子にその姿を見初められ手を取られ群衆の中心で踊るのだろう。
そんな一夜のシンデレラのような話、今現在まったく起きる気配がないどころか、この制服でいるのだからそもそも手遅れである。
なんだったらドレスなんて14歳の誕生日に着たのが最後で、それも実家にあるしサイズだってもう違う。
10歳の時、アレン王子の姿を初めて見て、自分はきっと、いや必ずや美しいドレスを着て横に立つっ! と夢見たのに。
自分はそれをもう、今ではやはり『夢は夢』と片付けてしまおうとしているのだろうか。
まったくいつものような『諦めてなるものか』な炎が灯ってくれない。
目の前でアレン王子とユリーシア様が踊っている。
ユリーシア様の薄茶色のフワフワヘアーがシャンパンゴールドのドレスと共に舞う。
それを柔らかく微笑み見つめるアレン王子の横顔。
「……私もアレン様に微笑まれたいなぁ。あのロイヤルスマイル、そういえばくらったことないな……」
よく考えればミズリーの、個人的にアレン王子から向けられたものは、苦しそうに眉根を寄せているか、真顔か、ボンヤリしているか、真っ赤になっているか、であった。あんな神々しい微笑みを受けたことはない。
「ん? 待てよ? むしろ普段誰も見れてない表情じゃないかっ」
「そこの美しいレディ、少しお時間頂けませんか?」
「へ?」
前向き思考を浮上させようとしたところで、目の前に見知らぬ男がグラスを2つ持って歩いてきた。
「……美しい? ……レディ?」
念の為、これまた左右後方を振り返って確認するが、レディも守護神もいなかった。どうやら自分に向けられたらしい台詞にビックリする。
改めて目の前の男を見るが、まったく知らない顔である。赤毛のフワフワヘアーをセンター分けにした整った顔。
ポカンとしたミズリーに、その男は片方のグラスを差し出しながら微笑んできた。
「初めましてレディ。わたくしはエスター・オファリムと申します」
「はあ」
「妹の付き添いで来たのですが、わたくしがいなくても楽しめてるようで、お役ごめんになりましてね」
「はあ」
なんとなく流れでグラスを受け取って、その男に促されるようにキンッとグラスを合わせた。
(いいのかな私、飲んで……。いや今仕事中じゃないしな。あ、でも制服着てるんだけどいいのかこれ?)
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