第1章 25話 モテ期か危機か

1/2
前へ
/129ページ
次へ

第1章 25話 モテ期か危機か

 思っていたよりも呆然としていたらしく、マークが腕を取り引っ張りあげて、フロアーから庭にせり出すように設けられたテラスの、石で彫刻された美しい柵にもたれかかるように促してくれた。 「ミズリーお前さあ、本当にアレン王子狙ってたんだな」 「……笑える?」 「うーん。どっちかっていうとビックリのほうかな。あんなテッペン目指さなくても、お前なら引く手あまただろうに」 「どこが。自慢する訳じゃないけど私、今だかつてナンパされたことないからねっ」 「ナンパってなんだ?」 「平たく言うと、道すがら告白されるようなやつよ」  ムスッと答えると、なぜかマークは呆れていた。 「ミズリー……お前鈍感すぎ。お前は声をかけてもらえなかったんじゃなくて、声がかけられない状態だったんだよ」 「……どゆこと?」 「ミズリーの守護神が、すんげえ目光らせてたんだって」 「…………どゆこと?」  ミズリーは大きく首を傾げた。  まさかこの異世界は自分が知らないだけで、神様が拝める世界だったのだろうか。  シュン、シュンと左右後方を振り返って確認するも、綺麗に照明が当てられた庭園しか飛び込んでこない。 「あははっ」  マークは楽しそうに笑っている。 「いいよそれで、ミズリーは」 「ちょっと、意味がまったくわからないんだけど、え? みんな、神様が普通に見えてるの?」 「うん、すんげえ見えてる。だから皆ビビってミズリーに手出せなかったんだから、俺も」 「ん?」 「とにかく、あんまひとりでウロウロすんなよ。ミズリーはクールビューティーに見せかけて隙が多いからな」  そう言うと、マークはポンポンとミズリーの肩を叩いて、フロアー内に戻っていってしまった。  マークがいなくなってからも、しばらく呆けたようにミズリーはテラスに佇んで、先ほどから始まった楽団の奏でる音楽に乗せて優雅に踊る、国の上位者達の世界をぼんやり眺めた。  どの娘達も美しく、自信から溢れる輝きと、自分達の見え方をよく知っているのだろう、もしくはよく知る者達によって選ばれたドレスを着こなしている。  なんとなく視線を自分に落とした。  騎士の制服。もちろんとても気に入っているのだが、この服を着ている限り、自分はあの舞台、候補者達と並ぶ位置には立てないのだ。  これが夢物語ならば、なにかのラッキーチャンスが生じて、ドレスが与えられ、メイド達によって美しく着飾り、王子にその姿を見初められ手を取られ群衆の中心で踊るのだろう。  そんな一夜のシンデレラのような話、今現在まったく起きる気配がないどころか、この制服でいるのだからそもそも手遅れである。  なんだったらドレスなんて14歳の誕生日に着たのが最後で、それも実家にあるしサイズだってもう違う。  10歳の時、アレン王子の姿を初めて見て、自分はきっと、いや必ずや美しいドレスを着て横に立つっ! と夢見たのに。  自分はそれをもう、今ではやはり『夢は夢』と片付けてしまおうとしているのだろうか。  まったくいつものような『諦めてなるものか』な炎が灯ってくれない。  目の前でアレン王子とユリーシア様が踊っている。  ユリーシア様の薄茶色のフワフワヘアーがシャンパンゴールドのドレスと共に舞う。  それを柔らかく微笑み見つめるアレン王子の横顔。 「……私もアレン様に微笑まれたいなぁ。あのロイヤルスマイル、そういえばくらったことないな……」  よく考えればミズリーの、個人的にアレン王子から向けられたものは、苦しそうに眉根を寄せているか、真顔か、ボンヤリしているか、真っ赤になっているか、であった。あんな神々しい微笑みを受けたことはない。 「ん? 待てよ? むしろ普段誰も見れてない表情じゃないかっ」 「そこの美しいレディ、少しお時間頂けませんか?」 「へ?」  前向き思考を浮上させようとしたところで、目の前に見知らぬ男がグラスを2つ持って歩いてきた。 「……美しい? ……レディ?」  念の為、これまた左右後方を振り返って確認するが、レディも守護神もいなかった。どうやら自分に向けられたらしい台詞にビックリする。  改めて目の前の男を見るが、まったく知らない顔である。赤毛のフワフワヘアーをセンター分けにした整った顔。  ポカンとしたミズリーに、その男は片方のグラスを差し出しながら微笑んできた。 「初めましてレディ。わたくしはエスター・オファリムと申します」 「はあ」 「妹の付き添いで来たのですが、わたくしがいなくても楽しめてるようで、お役ごめんになりましてね」 「はあ」  なんとなく流れでグラスを受け取って、その男に促されるようにキンッとグラスを合わせた。 (いいのかな私、飲んで……。いや今仕事中じゃないしな。あ、でも制服着てるんだけどいいのかこれ?)
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!

158人が本棚に入れています
本棚に追加