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「お名前、伺ってもよろしいですか?」
覗き込まれるように顔が近付いて思わず仰け反る。
「え、ああ。ミズリーと申します」
「可愛らしい名前ですね。女性騎士なんて初めてお目にかかりました。とても美しい方だ」
(え。何? これひょっとして、ひょっとしてなくてもナンパ現在進行形ってやつっ?! うそっ!! 人生初!! なんだったら前世含めても初!!)
舞い上がった拍子に頬を染めるミズリーを、エスターは微笑んで見つめる。
「妹は婚約者候補として招待受けて来たのですが、わたくしのほうも見つけてしまったかな?」
ウインクまでしてきたエスターに、さすがに我に返った。キザすぎて、基本日本育ちが長い中身40プラス23歳には逆効果である。
「妹様って、どのお方ですか?」
「え? ああ、今あそこにいます。赤毛の、緑のドレスの」
(マジか。おもっきし三つ巴のうちのひとりじゃん! てか兄妹揃って積極的なのね)
「とても美しい人ですね妹様」
「そうですか? わたくしは、貴女のほうがよっぽど美しくてセクシーだと思いますけど」
なぜか一気に間を詰められた。腕が触れている。しかも真横からめちゃくちゃ見つめてくるのだ。
(その角度は危険だ。胸の谷間が気になるっ。誰だ、制服の切り込み深くしたのはっ)
それはベルナルドなのだがミズリーは知るよしもなく、積極的なイケメンに戸惑うばかり。
「ミズリーさん、婚約者とかいらっしゃいませんよね?」
「はぁ、まあ」
「そうですか」
なぜか肩を抱かれた。思わず払いのけようとしたが、ワイングラスを持っていることと、なによりフロアーにいる緑のドレス姿が飛び込んできて躊躇う。
マークが確か、どこぞの侯爵家だと言っていたのだ。王様がアレン王子の為に呼んだ多分侯爵家の嫡男であるこのエスターを、一介の騎士である自分が振りほどく権利も立場もなにもない。
エスターの手のひらが肩から腕へと滑り落ちて、直接素肌に触れてくる。
「あの、ちょっと……酔われてます?」
「ええ、君にとても」
(いやいやいやお兄さんっ、なんか逆に恥ずかしいからっ)
「ご、ご冗談をっおほほほほっ」
ムードをぶち壊すノリで笑ってみせたのだが、
「チャーミングだね、可愛い」
と、逆効果を生んでしまったようだ。顔が近付いてくる。
ストップとばかりにその唇をかろうじて空いている手のひらで押さえるが、さきほど腕を触っていたエスターの手は当たり前のように腰に巻き付いて、完全にホールドされていた。
まさかのマーク発言が現実となってしまった。
(ひとりで行動した途端にこれかよ)
「え、エスターさんっお気を確かにっ、お水もらってきましょうか?」
「水よりも、ミズリーが欲しいな」
……“ミズ”を掛けてみたのかな? いやいや、ソコじゃない私が引っ掛かるべきとこはっ! このままでは、ファーストキスが見ず知らずの男に奪われてしまうじゃないかっ!
ギュウキュウと強く抱き締められた状態でかろうじて口元を封じているが、あちこちがとてつもなく密着していて、エスターの中心部に硬いものが出来上がり始めた。
「ミズリー、君が可愛すぎて暴走してしまう」
「ぼ、暴走の自覚あるならちょっ、一旦落ち着いてみましょうかっね?」
「君が口付けてくれたら止まるかも」
そんな訳ないのはミズリーでもわかる。
弱りはてた。この状態ならまだ振りほどいて倒すことが可能なのだが、相手が悪い。
事を荒立てずに終わらせるには、キスを許してしまってその隙に逃げたほうがいいのだろうか。
半ば、諦めと自暴自棄の境地で、エスターの口元を押さえていた手を緩めた。
エスターは遠慮なく、そのままゆっくりと顔を近付けてくる。
無意識に睫毛と唇が震えた、その時。
「離れてくれませんか」
静かな声が、それでいてはっきりと耳に飛び込んできた。
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