158人が本棚に入れています
本棚に追加
「アレン様?」
回廊をズンズン進む王子の背中に声をかけるも、なぜか無視された。
(どうしたんだろ、どこに行くんだろ。私、王太子室の警護に戻るんだろか?)
賓客棟なので、この辺りは客室となる部屋が連なっている。本日招待された令嬢やその家族などが泊まることになる。
王太子や王様などの居住区はこのもっと北側で、回廊で繋がってるとはいえ建物も違うしだいぶ距離がある。
なのにピタリと、アレン王子の足が止まった。
まだ宴の最中なので、この辺りに人影もない。
なにより本来警護中であるはずの今夜担当の騎士も連れずに来てしまっているのだが、どうしたことだろうか。
「はぁ」
背中向けたままアレン王子は溜息をついて、それからクルリとようやくミズリーを視界に入れた。
なのにさきほどまでたたえていたロイヤルスマイルは、ひとつもない。
「アレン様、お疲れのようですね」
「……慣れないことさせられたからかな」
「も、もしや、わたくしのせいでしょうか? そ、そんなつもりはなかったんですっ! 外だったので目立たずやり過ごそうとしてたのですがっ申し訳ございませんっ!」
あんなに大音量で華やかな世界で踊る人達が、まさか片隅の、テラスでの揉め事に目がいくなど思いもしていなかった。
「やり過ごす……どうやり過ごすつもりだったの?」
「え?」
ミズリーはキョトンとして王子を見た。
(私はいったい、何について咎められているのだろうか……)
さきほどから若干眉根寄りぎみの無機質な表情を向けられている。
「あれは、どう見てもキスをするつもりだったね」
アレン王子のその台詞にミズリーは瞳を瞬かせた。
「アレン様、キスはご存知なのですか?」
すると王子は、呆れたような困ったような僅かに憂いのある表情のまま「ふっ」と笑った。
その妙に大人びた、アレン王子らしからぬ表情にドキンッと鼓動が大きく打たれる。
「さすがにね、僕そこまで無知だと思われてたとはね」
「い、いえそんなつもりは……」
「昔よくベルナルドが、取っ替え引っ替え女性にしてたのを見せつけられてたから……」
いやいやいや、ベルナルド様ほんとあの人ダメな教育者!
性教育ちゃんと受けさせてないくせに、お年頃の青少年の前でそんなこと見せびらかしてたの? え? 絶対王子をおちょくってたでしょ!!
「ミズリー」
「え、あはいっ」
呼ばれて我に返ったはいいが、妙におかしい、距離感が。
なにやら王子からのプレッシャーをものすごく感じる。無意識に後退りしているとお尻に壁を感じた。
(お、追い込まれてるっ)
しかもさきほどからずっと握られたままの手首。スラリと背の高いアレン王子から鋭角に見下ろされている。
「ミズリーは防衛本能というものは、持ち合わせてないの? 騎士なのに」
「うっ、も、申し訳ございませんっ」
「やはり危惧した通りだ。ミズリーのほうがあの手の事に弱い」
「え、いや……でも先ほどの件に関しましては、アレン様の婚約者候補のお兄様でいらっしゃいましたし……」
「それで唇を許すの?」
「うっ」
ぐうの音も出ないとはこの事だ。
「恋人がいるというのに、唇や身体を許すの?」
「……はい……?」
一旦止まった思考を、もっかい再起動させてみる。それでも意味がわからなかった。
「えっとあの……アレン様、なんのお話を?」
見上げた王子の瞳はいつもの透き通った青ではなく、陰りや回廊に灯された蝋燭の揺らめきによるものか、濃紺に静かに燃えているように見えた。
その王子の空いていた手がゆっくりミズリーの頬に添えられる。
「偉そうなこと、言えないよね僕も……。便乗しているのだから」
頬に添えられていた手のひらがするりと首筋を辿ってうなじに添えられ、半ば呆然としてゆるんでいたミズリーの唇に、アレン王子のソレも重なった。
最初のコメントを投稿しよう!