第1章 27話 火がつく

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第1章 27話 火がつく

「んっ……んんっ」  だだっ広い通路で、いつ誰が通ってもおかしくない状況で、しかもアレン王子と、こんなことが起きるなんて誰が予想できただろうか。  ミズリーは何度も目を瞬かせたが、どう見ても視界に入るのはアレン王子で、長いクルリンとした睫毛と美しい曲線を描く眉とツルスベ肌の、やっぱりどっからどう見てもアレン・コーポラル・シュベルバルク、この国の王太子様である。  なぜかその御方に唇を奪われている最中だ。  ホールドするかのようにうなじに添えられている手のひらによって強く唇は押しつけられ、壁に追いやられた状態で手首も掴まれて、まったく逃げ場もない。  いや、アレン様相手に逃げる気なんてさらさらないが、ただひたすら衝撃であり、さきほどからえも言われぬゾクゾクとしたものが芯を震わせる。  ぎこちなく、ただ押しつけられた状態の唇がゆっくり離された。  アレン王子の瞳の中の花模様はまだ揺らめいている。 「……はぁ……ごめん、我慢できなかった……なぜだかさきほどから、無性に……」 「え……あ……はぃ」  なんと答えれば良いのかわからず、狼狽えるばかりだ。  目のやり場に困ってあちこち視線を飛ばして、この後どうなるのだろうか、どうするのが最善なのか、と考えあぐねた拍子にチラリと見上げると、王子はずっと見つめたままだったのかバッチリ視線が絡む。 「もう少し、いい?」  掠れた声で囁かれて、思わず心も下半身方面もキュンとなってしまった。  答えを聞くつもりはなかったのか、すぐに唇が落ちてくる。 「んぁ……んっ……ちゅっ」  今度は衝動的なさきほどの押しつけるだけだったキスとは違い、唇を啄むように合わせ絡ませてくる。  その柔らかくて優しい感触に思考がストップして、キュッとアレン王子のジャケットを掴む。 「んはっ……くちゅ……んっ」  夢中になってお互いの温度を確認しあい、溢れる唾液を飲みあい、舌が勝手に動き出す。  頭がボンヤリショートしたように気持ちよく、ここがどこだかも、この状況はいったい何が起きたのかも、さきほどの王子の謎な台詞もどっかへ飛んでいってしまった。  だから、さきほどから見られていることなど、ついぞ気付かなくて。 「王子」  その呼び声にすぐ反応出来ず、余韻を残したままゆっくり唇を離して、声のした方を向く。 「主役さんが勝手に逃げ出しちゃあ困りますよ」  ジェームズだった。  妙にこわばった表情をしていてすぐにはわからなかったけど。  うなじに添えられていたアレン王子の手のひらが離れていく。  手首は握られたままだが、そのままジェームズに向き直った王子は、少し唇を上げて微笑んだ。 「それは申し訳ないことをしました。少し、休憩を取ろうと思ってまして」 「休憩、ね」  チラリとジェームズがこちらに視線を投げてきた。 (なんだ? なんだこの、居心地の悪さは……)  アレン王子とジェームズを交互に見る。  なんでだろう気のせいか、二人とも立ち話というよりは、立ち竦みあっているように見える。警戒する間柄でもあるまいし。 「ミズリー、お前仕事休みだろ? なんでこんなとこウロチョロしてんだ」  いやそっくりそのままお返しするわ、と言いたいとこだが、ヤツのことだから招待客か、はたまたその侍女と夜を過ごそうとしてたんだろと結論づいた。 「ん? あ、やっぱり私仕事中じゃないんだよね? 午前勤務だったよね今日」 「はぁあ? お前まさか、本気のアホ発動してたのか?」 「ちょっと!」  いつもの調子で食い付こうとしたところで、スッと半歩前にアレン王子が出た。 「いいえ、僕が彼女を混乱させてしまったのです。ミズリー、先ほどはあの場を()()()()()為の嘘をついていました。申し訳ない」  まさか王子様に謝られるとは思いもしなかったが、なんだか「やり過ごす」の部分の語気が若干強めなのが気になるところでもある。 「あ、そうだったのですか。ありがとうございます。ご迷惑をおかけいたしましたっ」 「いや、僕のほうこそ……」  なぜかそのまま見つめられる。
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