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第1章 29話 あたりまえはどこにもない
王太子警護の午前勤務3日間が終了して、翌日は休息日。
その日から専属警護の任務を解かれた。解かれてしまった。ぜひ、一時的であって欲しいと願うばかりだ。
休息日はずっと悶々しっぱなしで、まったく休みを謳歌もできず。翌日、他の騎士達と同じように訓練場へ行って体を動かしていれば束の間でも頭空っぽに出来るだろうと踏んでいたのに、どんなにシュンシュン模擬剣を振っても、頭から離れない。
寝ても覚めても舞踏会の夜と、それに纏わるこの状況への危惧ばかり。
まずはやはりアレン王子のあの衝動的な行動。
あの時は予想外すぎた王子からのキスに、自分の脳ミソが驚きすぎて使い物にならなかった。
その後ジェームズに連れ帰された自室にて、ひとりになって落ち着いてから、めくるめく歓喜の世界に入り浸ってこれまた脳ミソが使い物にならなかった。
だから今、改めて考えてみるのだが、ベルナルド様も言っていたように、たぶんきっと、何かのスイッチが入ったのだろう。そのスイッチが謎なのだが、行為に及んだ王子自身もよくわかってないらしいのに、私がわかるわけがない。
あのなんちゃらという……もう名前忘れちゃったけど、婚約者候補の兄がキスを迫ってきてたのを見て、「僕もしたーい」って思うものだろうか? 急に?
そんな訳がない。
それに、こちらの下心でキス以上の事を幾度かしてきたけれども、そんな時でもアレン王子は突き抜けて真面目一辺倒で、授業を受けている姿勢であった。
ムラムラしてもらうのを狙っていたのにも関わらず、イマイチ手応えもなかった。
少し「おや?」と思うことはあれど、それは私に対してではなくて、ナメマカシイ行為というものを直感的に察知して“雄“としての探求心が芽生えていただけのように思う。
そして何よりも、ナンパを助けてもらったタイミングが非常に悪かった。
舞踏会の主役であり、婚約者候補との交流兼お見合いを兼ねた場だったが為に、咄嗟に助けてくれた王太子の行動が波紋を呼んでしまった。
それもこれも、私のせいだ。
呼ばれてもない場所に行き、悪目立ちしてしまった、すべて私のせいである。
専属警護の任務を切られたのは、まさに自業自得だ。
考えても後悔しても事態は変わる訳でもなく、ただただ時間だけが経過していく。
王太子警護ではなくて、新たな配置に付かされるかと思っていたが、それもなく時間を持て余していた時に、自分の代わりに王太子警護の任務についたマークから、とんでもないことを聞いて慌てた。
部屋のドアを無遠慮にガンガン叩くと、ほどなくして見事な寝癖を乱れ咲きさせたジェームズが顔を出した。
「……なんだよお前、いっつも急に来るなよ」
「人の事一番言えないと思うんだけど先輩は」
「なんの用だよ」
「入れてよ」
「……いいのか?」
「いや待て。部屋にっ入れてって意味のほうで受け取って。確認したいことがあるの」
「……」
ジェームズは黙ったまま扉を大きく開いたので、遠慮なく入らせてもらう。
まだ寝ぼけてるのか酔ってるのか、ぼんやりしたまま自分のベッドにドカリと腰をおろして、部屋の真ん中に立ったままの私を見上げた。
「なんだ?」
「久しぶりだね」
「そうか?」
「今まで毎日顔合わせてたから嫌でも。3日ぶりじゃない?」
「お前のその発言は、今まで嫌がってたのか、会えて喜んでるのか!どっちの方面で捉えりゃいいんだ?」
「どっちでもいいよ」
「ふーん……」
なぜかいつものジェームズの歯切れの良さがない。今もそっぽ向いてしまっている。
「マークから、聞いたんだけど……」
「アイツはほんとに……」
ジェームズが苦々しい表情になる。つまり、噂は本当だったのか……。
「辞めちゃう、の?」
「……」
ジェームズとは長い付き合いだが、ほんとによく喋る男である。
見た目がちょっと野獣系? ワイルド系っていうやつだろうか、なもんで黙っていればイイ男なのだが、その黙っているということが出来ない、なにかしら会話を打ち返してくる男なのだ。
それがこれだ。
ここ最近どうも調子狂うと思っていたが、黙り込むなんてあり得ない男がこうやって口をつぐむなんて。
「……騎士団から退団するって、ほんとなんだ……」
「……」
思ったよりも情けない声が出てしまった。
どうしてだろう、それでも今、それを取り繕える余裕もないほどとてもショックだった。
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