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突然玄関方面が騒がしくなって使用人達が動き始めた。
しばらくすると、人の気配がこちらにやってきて、すぐにガチャリと扉が開かれた。
兄のルーベンスが帰宅したようだ。がなぜか、ゼイハア言ってこっちを睨んでいる。
「お兄様お帰りなさーい」
「ミズリー! 僕が朝出掛けに言った台詞、復唱してみろっ」
「え? えーと、友達が来る前に着替えろ、だったっけ?」
なぜか兄は、ワックスでピッチリ撫で付けていた焦げ茶色の髪の毛をガシッと自ら掴んでいる。
「ローゼンガルデン侯爵家嫡男をっ、友達呼ばわりするなーーっ! さっさとその部屋着を着替えて身仕度しろーーっ!!」
兄付きの年配の秘書が後方でドウドウというジェスチャーをしている。
「えー、でも楽チンなんだもんこれ。それに私、ドレス持ってないし」
「昨日、借りてきてやっただろうがっ」
「ああ、あれ? ちょっとサイズがね……」
なんとなく胸元を押さえると、生真面目なルーベンスは違う方面で真っ赤になっていた。
兄の中では私は15歳で時が止まってるのだが、あれから8年も経つのだ、色々育ってしまっているのだ。ゆえに胸がパツパツで入らないのだ。
「まあまあルーベンス落ち着きなさいな。ほら、わたしが昔王都の舞踏会に参加した時の思い出のドレスがあるわ。それを出しましょう」
母が庭先で芋の土を払いながら兄に言うが、思い出のドレスという時点できっと型もデザインも古いのだろうことが伺える。私はいいのだが。
「母上、ありがたいのですが、ローゼンガルデン侯爵家の嫡男が、わざわざ、この辺境に足を運ばれるのです。それがどういうことかお分かりですかっ?」
「え? なんか意味あんの?」
私の横やりにギロリと睨み返してきた。
「なくても、あるように持っていくのだ」
「……お兄様こわっ」
どうやら兄は盛大に勘違いをして、それも踏まえて嘘を本当にしてやるつもりなのか。
父に似ず、いや、父があんなだからか、肩の荷を背負いまくる兄が不憫に思えてきて妥協してやった。
「わかったわかった。とにかくなんとか着てみるから。あと、何度も言っておくけど、エスターは本当に文通友達なんだって。それ以上でも以下でもないから」
何か背中に向かってグチグチ言われたが、無視して自室に戻ることにした。
その後すぐ、母専属の侍女達が部屋に文字通り飛び込んできて、一気にもみくちゃ状態になる。
ドレスを脱がされ着さされ、髪の毛を弄られ化粧を施される。すべてが久しぶりであってくすぐったい。
「……いやもうほんとに、ほどほどにしてね恥ずかしいから」
溜息まじりに言うと、侍女が面食らったようにしている。
「お嬢様っなんともったいない。補正下着を着けずにこのプロポーション。潤いスベスベの肌に美しい髪。わたくしの手が喜んで動いてしまうのですお許しくださいませ」
さすがベテラン侍女。上手いこと言う。
肩を軽くすくめてみせて、鏡を見る。
アイスブルーのドレスはデザインはシンプルなアフタヌーンドレスだが、ウエストの切り替え部分からチュールが幾重にも重なりふんわりしたスカートと、同じ生地の袖が若々しくてフェミニンな印象を与える。
問題は台形型の切り込みであるデコルテから胸が盛り上がって見えること。これで一気にチグハグの印象になってしまっているのではないか。
いや、いいんだ別に、チグハグはね。ただ胸の主張が……エスター、大丈夫だろうな……それが心配だ。
髪の毛はいっつも真っ黒真っ直ぐストレートなのを侍女達がえっちらおっちら柔らかく編み込みでまとめてくれている。
その気はなかったけど、やっぱり自分は女なのだなと思った。こうやって見栄え良くしてもらって、純粋に嬉しくなってしまった。むしろエスターにだけ見せるのがもったいない。
そうこうしているうちに、来客の知らせが入ってきた。どうやらエスターが到着したようだ。
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