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「本当にかわいい人だミズリー。コロコロ表情を豊かに変えて。僕は今すぐ君を食べてしまいたい」
ググッと回された腕に力が入って、強く抱きつかれたような状態になる。
「またまたご冗談をっ。エスターは女性にモテまくってるでしょう? わざわざ私を食べなくていいでしょうに。他あたってくれない?」
エスターは少しかなしげに瞳を細めてみせる。
「君が僕の言葉を信じられないのは、僕の責任だ。もっと僕を知ってもらわねばいけないね。僕の周りにどんなに女性がいようと、唯一の愛しい人がいなければ、それは虚無なだけだよ」
肩だけでなく腰にまで腕が回されて、完全にホールド状態になってしまっている。これはやばい。そうでなくても胸元が気になってるのに。あ、まさかやっぱりこの主張がエスターによからぬ気起こさせてしまったかっ。
「エスター落ち着いて。これじゃお話できないよっ」
「そうだね」
「……」
「……」
お互い見合う。
「いやいやだからっ、この手を離そうよっ」
「ああ僕はどうしたらいいんだ。本当に、本当に下心などなく君と楽しいひとときを過ごそうと思っていただけなのにっ。やはりダメだっ、もうこの手を離すなんて考えられない。君はなんて誘惑的なんだっ、わざとなのかいっ? 僕を誘惑して遊んでいるのかいっ?」
「私のどこがエスターを誘惑してるように見えるのよっ。はーなーれーてーっ」
ぎゅうぎゅうとひっつきもっつき戦ってる最中に、コンコンコンとドアノックがして慌てて声をかけると、メイドがティーのおかわりを持ってきた。
なんてナイスタイミング。
ほら、エスターは一瞬で正面のソファーに着地している。さすがは腐っても侯爵家、体裁取り繕いも見事だな。
メイドが部屋から出ていくと、やっと正気に戻ったのか、エスターが切り出してきた。
「実はミズリーに会いに来たのは、もうひとつ理由があるんだ。もちろん最大の理由は一目貴女に会いたいという、真摯な想いだということを忘れないでいて欲しいのだけど」
「はいはい」
サクッと受け流すと若干悲しい目を寄越してきたが、頑張って続けるようだ。
「今度、僕の邸でパーティーがあるんだ。ミズリーもずっと家だと、せっかくの休暇なのにもったいないと思って。ぜひ遊びにおいでよ」
「パーティーかあー」
15歳で伯爵令嬢としての地位をぽいっと放って騎士の道へ入ったので、あまり踊りやマナーに自信がないのだ。
「我が地は地方とはいえ隣国のエルセンブルクにも近いので、なかなか交流できない縁が持てると思うよ。僕は単純に友人達に君を見せびらかしたいだけなんだけども」
「それはやめてくれっ。そんなことするなら絶対行かないからっ」
「いやいやごめんっ。冗談が過ぎたねっ、いや冗談でもないんだけど、うーんっ。とにかく気楽な友人達との宴なんだ。もし不安ならお兄様と一緒でも、ね?」
「うーん、ひとりじゃないなら……」
変なことにはならないだろうし、単純にきらびやかな世界も体験したいという“女の子”としての興味もある。
もっと言うなら、花嫁修業的な? もしミラクルで王太子の側にドレス着て立つチャンスが訪れた時の為の、予行練習的な。
我ながら前向き思考甚だしいが、そうやって自分の尻を叩いてなけりゃやってられない。
「わかった。兄がもし許可してくれるようなら、ご招待にお呼ばれしてみようかな」
「ほんとかいっ?! あーよかった! 嬉しいよっ」
エスターは立ち上がって、今にもスキップしそうな勢いでまた私の横にやってきた。
なんだかその様がいじらしくかわいかったので、今だけ黙って、頬を私の手のひらに擦りつけてマーキングしているのを許してやった。
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