第2章 3話 境界線が目に見える

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「やあ、ミズリー! お兄様もよくぞいらしてくださいました!」  招待主(ホスト)であるエスター本人が出迎えてくれた。  ぎゅっぎゅら必要以上に感じるほどの抱擁は気のせいか? 「こちらこそ、本日はお招きいただき誠にありがとうございます」  カチコチのルーベンスと軽く握手を交わしてにこやかに微笑むエスターは、なぜか再びピトリと私に張り付いた。どうやら気のせいではないようだ。 「堅苦しい会ではございませんので、どうぞ楽しんでいってください。長旅をさせてしまって申し訳ないので、今夜は部屋を用意しています。ゆっくりお過ごしください」 「なんともっ! お心遣い恐れ入ります」  カチコチどころかギッチギチの兄に呆れていると、エスターはくっついているのをいいことに耳元で囁く。 「今夜は君に楽しい夜を過ごして欲しいだけなんだ。僕の本心は二人きりでお互いをよく知り合う長い夜にしたいところなのだけれど。残念だ、僕はなぜ今宵ホストになっているのか」  自分が主催してるんだから、そりゃそうなるだろうよ。  だが、いい心がけだ。今夜奇襲にあう恐れはなくなった。 「ありがとねエスター。田舎に引っ込んでる私を気にかけてくれたのね」 「あぁ……このまま連れ出したい」 「まてまて、今しがたのホスト魂はどこにいった」 「罪だなミズリーは。こんなに美しい姿を、見せつけられて手を離せと?」 「ぜひお願いします」  見事なほど悲しい表情を浮かべて、私と続々とやってくる客人へと何度も視線を行き来させ、やっと一般的な距離感を取ってくれた。 「本当に残念だ。ああ本当に今宵の君は美しい。その艶やかな黒髪にワインレッドのドレスがとても良く似合う」 「うんありがとう。さあ早く行った行った」  ラチがあかないのでエスターの背中をグイグイ押してやった。  何度も振り返りながらも客人を迎える為に表に向かっていく彼の後ろ姿を見ながら溜息をつくと、横で大人しくしていたルーベンスも溜息をついた。 「お前は本当になんとバチ当たりな。エスター殿にあのように言われて、女性としての喜びはないのか?」 「嬉しいけど、オーバーなんだって。本当はそこまで思ってないよ。見てごらん、美人ばっかだよ。目が肥えてる人が私に美しいだなんて、笑いしかないじゃんか」 「……美人の定義は人それぞれ。エスター殿が求める美をお前が持っている。そういうことだろう?」  思わずポカンとして兄の顔を見た。 「なに? なんかの哲学書の影響?」 「僕に哲学書を読む時間などないっ。エスター殿が嘘を言っているようには見えないと言ってるのだっ」 「ああ」  まあ、確かに。雰囲気や会話で軽いイメージだが、嘘をついて騙し込もうとするタイプではないのだろう。  夜這いをするためにパーティーに招く、とかいうタイプではない。堂々と宣言してから夜這いするタイプだな。  私が顎に手を添えひとりうんうんと納得していると、ボソッとルーベンスが呟いた。 「我が妹ながら、今夜はなかなか美しいと思うぞ」 「……ん? ……え? 今なんか言った?」 「さあ、ミズリー。今夜はしっかりここにいる貴族達の顔と名前を覚えていけ」 「ちょっと待って、今すごい、いいこと言ってなかった? もっかい言ってよ」 「お前は物覚えが悪かったな。なら、反対に自分の顔と名前をできるだけ多くの貴族に覚えてもらえ」 「ねえねえ、私褒められて伸びるタイプだからっ、ちょっともっかい言ってよー」  しばらく意地の張り合いで兄妹でヤイヤイやりあっていたのだが、お互いの腹の虫が泣きわめきだしたので、ひとまず解散して各々豪華な食事にありつくことにした。  見た目にも華やかで、口の中に頬張っても豊かな味わいと、贅沢を尽くしたご馳走に夢中になって、ひとまずお腹が落ち着いたところで、令嬢らしく団欒の輪に加わったりしてみた。  しかし明らかに住む世界が違う、「おほほ、うふふ」のご令嬢達の会話には全くついていけれなかった。  そりゃそうだ。バリバリの日本人歴のが長い上に、こっちでも騎士として励んでしまってたので、まったく馴染みのない会話がくりひろがっている。 (せっかくだから友達でも作ろうかと思ったけど、こりゃ無理だ)  もう一度、今度はデザートにでも手を出してみようかと足を後ろに引こうとしたところで、突如その話は始まった。 「そういえば、アレン王太子様のご婚礼のお話はどうなっているのでしょうか」 「エスター様の妹ぎみも、今王都に滞在していらっしゃるのでしょう?」 「ああ羨ましいことですわ。わたくし一目でもアレン様のお顔を拝みたかったですわ」 「どの方に決まられるのでしょうね」 「あら、お三方全員という話も聞きましてよ」  そっとその輪の端から離れてテラスに出た。  そこまで行って我慢していた、頭をガッシと抱える行為に及んだ。 「そうかっ! その可能性もあるんじゃんっ!」  私は、どんどん玉の輿から遠ざかっていることを実感してしまったのだ。
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