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第2章 4話 夜の庭はご注意ください
ミズリーは萎びた紫キャベツのように、ヨレヨレとテラスから庭に出る。
さっきまでの華やかで光溢れた世界から、隔離されたかのような薄暗い幕が落とされた。貴族達の浮き足立つような声も、膜が張られたようにこもって届く。
目に飛び込んできた金属製のベンチに手をつきながら座り込んだ。
(私、なにしてんだろ。城から逃げちゃダメじゃん。自分から戦線離脱しちゃってるじゃん)
アレン王子争奪戦は、はっきりいって激戦どころかそもそもが無謀な試み。
ボケッとしていて棚ぼたでゲットできるような夢物語などではないのだ。歩みを止めた時点で、その距離はドンドン遠ざかっていく。
しかし、かといって手立てがない。自分の武器になりうるもの、あのすべてを持ち合わせている婚約者候補達に立ち向かえるモノがなにもない。
容姿も身分も財力も、王太子の傍に立つ為の教養も気品も、なにもない。
そこへもって無謀にも挑んだお色気作戦。まっっったく効いてもなかった。
いや、でもゼロではないはず。そう信じたい。
夢でなければ、アレン王子にキスされた。アレン様からキスされた、はず。……されたんだよね?
あの時、気が動転していてまったく脳裏に焼き付いてくれてない。
ああもったいないっ! どんな表情してたっけ! どんな感触だったっけ!
アレン様に会いたいっ!!
「ねえ。ひとり?」
ふいに、抱えていた頭の上から声が落とされた。
以前もこんなことあったな。
「もー、エスター。あんたほんと懲りない……、ん?」
呆れて見上げたソコには、エスターと似ても似つかない男が立っていた。
薄明かりにでも煌めく、見事な金髪に青い瞳。
思わず何度も目を擦った。
あまりにも会いたさすぎて、とうとう幻が見えるほど自分は痛い女になったんだろうか、と思うほどアレン王子に生き写しの男が目の前に立っている。
驚きすぎて開いた口もほったらかしてポカンとしていると、その幻はまた一歩、ベンチへと近づいた。
(いや、違う。アレン様じゃない)
金髪は緩いウェーブがかかったような耳までかかる長さに、ジャケットを脱いでシャツ姿なのだろうか、首もとのボタンも外し着崩した出で立ち。
アレン様はけしてそのような着方をしないし、耳までスッキリ出したストレートヘアである。
「誰?」
思わず不躾な言い方してしまったが、向こうは気にするでもなく軽く首をすくめてみせた。
「名前って必要?」
そう言って、断りもなくストンとベンチに座ってきた。
他に座るところはなかったのだろうか。私はこの場を譲ったほうがよいのだろうか。いやでも、さっき「ひとり?」と聞かれたから、私に用があるのだろうか、なぜ?
横目でその男を警戒しながら見ると、男はベンチの背に腕を乗せて足を組み、同じようにこちらを見てくる。
「えっと、なにか用でも?」
見知らぬ人と沈黙も嫌なので仕方なくそう声をかけると、なぜかその男は不思議そうに瞳を開いた。
「へえ、あんたのそのリアクション新鮮」
「は?」
「ほんとにピンと来てないんだ。こんなところで男が女に声かけるなんて、目的ひとつじゃん」
「……」
数度瞬きして理解した。
「ナンパかこれっ!」
「?」
以前舞踏会でマークに言われたばかりじゃないかっ! ひとりでウロウロするなって!
そうか、舞踏会に限らず全般のことだったの? え? 夜の庭に出ると、もれなくナンパ祭りなの? この世界の常識なの?!
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