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居ずまいを正して金髪の男に向き合うと、軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。わたくしあまりこのような宴に不慣れなもので、暗黙のルールというものがあるのを知らず、誤解を招くような行動をしてしまいました」
「……は?」
「よって、この場を速やかに退散いたします。つきましては、ご期待に添えず申し訳ございませんが、他を当たってくださりますようお願い申し上げます。お手数おかけいたします」
ベンチから立ち上がり、もう一度頭を下げて洋館に戻ろうと踵を返した。
我ながら令嬢ぽくお断りできたかしらうふふ、と呑気に思ってたら後ろ手にガシッと手首を捕まれた。
ギョッとして振り返ると、男は座ったまま不敵な笑みをしている。
そのアレン様似の顔で、そんな表情はやめて欲しい。心臓に悪い。
「逃げるんだ」
「え……いえあの……」
「俺の誘い断るなんて、へー……」
「へー」って、いやいやナンパは断るもんでしょ。違うの? 日本の常識なだけなの?
「えっとですね。先ほども申しましたように、わたくしその気があってここにいた訳ではございませんので」
「その気って?」
「え、ええっ? そ、その返しは卑怯なっ」
なぜか男はクスクス笑いだした。
「卑怯か、確かに今のは自覚あるな。まあいいや、ここに座ってよ。俺の相手して」
「あ、相手って……」
疑いの眼差しをこれでもかとぶつけてやると、男はニコニコしたまま何故か自分のベルトに手を伸ばしシュルシュルと抜き取っていく。
何が起きたのか解らずそのまま様子をうかがっていると、立ち上がった男に両手を後ろ手にまとめられてしまい、ベルトを器用に巻かれたようだ。
「ん? え? なにこれ」
金髪男に今度はその不自然な状態のままベンチに座り直される。
「嫌がってるの相手にすんのも、いいな」
今、とてつもなく不吉な台詞が耳に入ってきたような気がして、ギギギと首を横にして見ると、男は楽しそうな表情をしていた。
「な、なんの冗談かしら」
「今夜の相手を決めただけだよ」
そう言うといきなり胸を鷲掴みしてきたのだ。
「まっ! ちょっ! ちょっと待って! お断り申し上げますっ!」
「胸デカイね。詰め物してんの?」
男の手がオフショルダーのドレスの襟元から滑り込んできた。
「うっそ!!」
立ち上がろうとしても後ろ手で縛られたベルトを力強く掴まれていて、身動き出来ずその無遠慮な手を好き勝手させる状態になってしまっている。
「へー。詰めてないんだ。いいじゃん」
胸を下から掬い上げるようにスルスルと肌の上を滑らせる。
究極のピンチである。
兄のルーベンスと一緒に来ているからと、エスターもホスト業で不埒な考えを捨てていると、無警戒にもほどがあった。
いやでも弁明させてくれっ!
前世で一度もナンパされたことがなく平和に平均的に生きてきて、この世でもずっと男性社会で思春期過ごしてきて危険な目に合ったことがないのだ。
まさかここ最近連続してナンパ、いや今はガッツリ襲われてるけど、油断もなにも、予想外すぎるでしょっ!
男は指先で遊ぶように胸の先端を弄り始めた。
「うっ……や、やめてっ」
「感度も良さそう、ますますいいな」
ベルトを掴んでいた手を素肌剥き出しの腕に滑らせ肌触りを楽しむよう上に這わせ、たどり着いた首もとをそのまま押さえ込む。
「あっあっ……」
きゅうきゅうと指先で胸の先端を小さく絞られて、気持ちとは裏腹に身体は反応してしまっている。
首もとを押さえていた男の手が顎を捕まえ、その男の方へ無理矢理向かせようとしてきた。
「キスしよっか」
「しまっせんっ」
してたまるかっ。
アレン様だけに許したこの唇。いやまった、ジェームズにも奪われたけど、あれは長い間培った友情ゆえの印。どこの馬の骨ともわからない男に奪われてなるものかっ。
クワッと目を見開いて、怒鳴り付けてやろうと口を開けたところでピタリと止めた。
間近で、クワッと自分の目を見開いたからこそ気付いたのだ。
「そ、その……瞳の模様って……」
男の動きもピタリと止まった。
見事な金髪に、青い瞳、その瞳の奥に満開の花弁のような模様が透けて見えているのだ。
似ているはずだ。
ほぼ確信を持ってミズリーは聞いた。
「ケリー様、ですよね?」
みるみるうちに男の顔は険しくなった。
やはりそのようだ。
アレン王子の実弟である。ケリー王子だ。
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