第2章 5話 ケリー王子

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 ギュッと目も口も食い縛る。  うかつにもほどがあった自分。  肝心のアレン王子とはサクッと最後までいってしまいたいのに、もたつきまくってて、なぜに今まで(えん)所縁(ゆかり)もなかった弟王子のほうに、出会った瞬間最速喰われようとしてんのだっ。  絶体絶命の半ば諦めかけたその時、遠くから誰かが呼ぶ声がした。 「ミズリー、どこにいるのーぉ」  妙に緊張感のないその声に気が抜けそうになるが、慌てて声を張り上げる。 「エスター! こっちこっち!!」  チッとケリー王子に舌打ちされ、睨み上げられるが、かまうものか。  王子は渋々というていで、押さえていた顎と胸元から手を離して、手首に縛っていたベルトを外した。  私が自由になった手で急いでドレスを正すと、ベンチからすでに立ち上がってベルトを腰に通し終えたケリー王子が睨んだまま流し目をよこす。 「お預けかよ、まあいいや」  そう言って庭の奥に、暗がりへ溶け込むように姿を消していった。  危機を脱してヘナヘナと、力なくベンチの背に両手でつかまり、しなだれた。 「あ、ミズリー。こんなところにいたの?」  平和そうなエスターの声にホッとして顔を上げ答える。 「エスターでかした。よくぞ私を探してくれたよっ」 「ん? 体調が優れないの? 部屋で休む? 案内するよ」 「ありがとう。……ねえ、エスターちょっと聞いていい? 今夜の招待客の中に、王子様いらしてた? 招待してた?」 「え? 王太子殿下を僕ごときのパーティーに呼ぶなんて、とてもじゃないけど無理無理っ」  エスターは顔の前で手のひらをパタパタ振っている。 「アレン様以外とかは?」 「確かにここはエルセンブルクには近いけど、隣国の王子様を呼べるほどの力はないよ。どうしたの?」  どうしようか、ケリー様のことを安易に言ってもいいのだろうか。  どちらにしても、エスターが呼んだようではなさそうだ。  一夜明けて、すごく、ものすごくエスターに惜しまれつつも無事帰宅の途へ着く。  屋敷に戻った時は疲れがマックスだった。  それは昨夜のことがあったからではない。兄のルーベンスのマシンガンクエスチョンとマシンガン報告を、道中ずっと聞かされていたからである。  どうやらルーベンスは、妹が危うく処女を散らしかけている危険な時に、広報活動に勤しんでいたらしく、貴族達と交流を深めていたようだ。  そして姿を消した妹に、どこの誰と上手くいったのだと質問責め。げんなりである。  もういっそのこと、ケリー王子に襲われかけたわっ、とキレてやろうかと思ったが、兄のことだ。絶対喜ぶだろう……。  とにかく、再び実家での平和な生活に浸ろうと思って数日経った頃。その知らせは届いた。  それは騎士団長からの通知で、再び城内にて専属警護の任務再開との令であった。  それはそれは浮かれたものだ。  もう二度と、アレン様のそばに近寄ることも近距離で拝めることも、警護することも叶わないと諦めかけていたところでの通達。  あちらでのほとぼりがなんとか冷めたのだろうか、ひょっとしたらベルナルド様がなにかしらの援護をしてくれたのだろうか、とウキウキとして王都に向かう馬車の中で頭の中に花を咲かせていたのだけど、なんせ道中にかかる時間が長い。考える時間があるから、今度は不安に苛まれていく。  自分が警護に付いても良い、ということは以前までの不安材料がなくなった。この場合王太子の婚活であるが、その妨げにはならないと判断される要素があった、ということ。つまりは、ひょっとしたら、とうとう婚約者が決定してしまっているという可能性が大いにあるのではないか。  自分でそう考えただけで愕然としてしまう。  この馬車でたどり着いた先に、アレン様と誰かの幸せに満ちた結婚式なんぞが行われるとするのなら、わざわざそれを見に行くこの道中はなんと悲劇で滑稽であろうか。  そうなると一気にドンヨリと重苦しく辛いだけの旅となる。  自分にはまだ覚悟がない。  アレン王子とその妃となる人を見守り続けながら警護をするなんて、無理だ。  そうなるのなら、いっそ、ちゃんと想いだけでも伝えて、それだけでも昇華させてやろう。  そして再び実家に戻って、玉の輿なんて大それたことを夢物語にして終わらせて、朽ちていこう。  そう、どんどん思考が迷走し始めるまでとことん落ち込んだ頃、ついに馬車は王都の門をくぐってしまった。
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