「バスケの相手をしてほしい」

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「バスケの相手をしてほしい」

「どんな願いでも?」 「はい。」 40代ぐらいの長身男性は、初めこそ乗り気ではなかったものの、私の存在を渋々認識したようだった。 「・・・じゃあ  一生のお願い。一緒にバスケやって。しばらくやってなかったけど、久しぶりに。」 男性は、ショーケースから傷だらけのバスケットボールを取り出し、空気の入りを確認していた。 「分かりました。」 大人でも、「一生のお願い」と言う人はいるものだな・・・。 私達は、人がまばらな公園のバスケットコートに向かった。 「言っとくけど、俺 経験者だからね?できるだけ激しいやつを頼むよ。」 彼はジャンバーを腰に巻き、アキレス腱を伸ばしながら叫ぶ。 「はい。」 私は男性からバスケットボールを受け取ると、基本姿勢でボールを地面に叩きつけ、ゴールへ向かう。 男性は、私の動きを全て読むように、影武者のごとく俊敏に動いた。 「守りが足りないっ!!」 一瞬のすきを付き、私の手からボールが奪われる。私は、男性と同じ速さで動きながらタイミングを狙った。 「ボールばかり見てたら相手にバレるぞっ!!」 男性は、脚の間にボールをくぐらせたり、視線を逸したりと戦略を使いこなすと、あっという間にボールを放り投げる。 天に放たれたボールはそのまま、一点の狂いもないアーチを描いて、ゴールへ吸い込まれていった。 ダンっ・・・・・と、衝撃音が爆発し、消えていく。 「・・・無理はしなくて良いのですよ。」 呼吸を荒らしてうずくまる男性は、私の心配を聞くと笑った。 「無理なんかじゃないさ。あの頃のことを思い出していた。」 膝についた砂を払い落とすと、男性は天を仰ぐように呟く。 「・・・昔はさ、将来のことなんて、なーんにも考えないで、目先のことに全力注ぎっぱなしだったわけよ。勉強そっちのけでバスケ三昧。親とは何度も揉めたし、チームでも思いっきり喧嘩したし・・・でもさ。それはそれで楽しかった。本気でぶつかって、本気で好きなことして。そういう瞬間って、できなくなって初めて幸せだったんだって気づくんだなって、この歳になって思うわけ。」 私には、彼の「昔」が分からない。しかし、男性は確かに「昔の自分」に戻ったように、輝いていた。 「あのおじさんすげー!!!」 「次 俺たちとやってよ!!」 気が付くと、周りには先日の幼女より歳が大きな子どもたちが集まっていた。 男性は、私に目配せをすると、腹の底から声を出した。 「おぉっ!!!いいぞっ!!!」 「付き合ってくれてありがとな。」 男性の服は、滴る汗で濃くなっていた。 「では、私はこれで」 「あぁ。楽しかったよ。」 私が一礼すると、男性は満足したように軽く頭を下げた。 「・・・そうだ。最後に1つ。」 私の背中に、男性は声をかけた。 「あんたの動き、結構良かったよ。」 私は無表情のまま振り返り、再び会釈をした。 男性の一生のお願いは、かつての情熱を思い出すものだった。
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