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「一緒にいてほしい」
「どんな願いでもいいですか?」
聖母のような優しい目をした男性は、ベッドから身を起こしていた。
「はい。」
「では・・・一生のお願いです。一緒にいてください。」
「一緒に ですか。」
「私が眠ってしまうまででいいんです。その・・・今日は、なんだか寝付けなくて・・・」
男性は控えめに呟くと 羞恥心を隠しきれない口元をポリポリと指でひっかく。
「分かりました。」
私は、彼の横に身を置く。躊躇なくベッドに入ってきた私に、彼は遠慮がちにスペースを譲った。
「大丈夫ですか」
「あ・・・の・・・すみません・・・こういうのは初めてで・・・」
余計に寝付けないのでは?疑問が浮かぶところで私が知る必要はないと割り切る。
彼は、再び枕に頭をうずめ、天井を眺めていた。
「一人でいると、色々考えてしまうんです。今考えることではないことが、溢れてきて、それに淡々と向き合っていると・・・つい。」
「そうですか。」
あくまで他人事。私は視線を天井に向け、彼の話を聞き流した。彼も口達者では無いようで、それ以上は何も言わない。
とても静かな空気と、時間が流れる。
そのうち、彼はゴソゴソと寝返りを打って、こちらを見つめてきた。
「何か」
凍った声で反応すると、彼は小さく笑った。
「・・・・・・貴方は、今まで誰かとお付き合いをしたことがありますか?」
「いいえ。」
「では 誰かに好意を抱かれたことは?」
「いいえ。」
「・・・そうですか・・・お気を悪くされてしまったのでは、申し訳ございません。」
彼は寂しく また笑った。
「貴方が とても美しいので」
嬉しさも気持ち悪さも感じない。彼には、私がそのように映っている。それだけだ。
「もし宜しければ、貴方の髪を触っても・・・あ、でも・・・一生のお願いの最中ですよね・・・」
「いいえ。構いませんよ。」
私が彼と見つめ合うように姿勢を変えると、彼は驚いて頬を赤らめる。
「どうぞ。」
何もしない彼に、無表情で畳み掛けると、彼は震える手でゆっくり前髪を触る。そのまま、繊細な何かを扱うように、そっとそっと 撫でた。
「・・・・・・。」
何も語らない。彼は、ただ優しい目線で私の髪を触っていた。
「・・・貴方は 美しいと言われたことがありますか?」
「いいえ。」
「・・・私は 今まで出会った人の中で 貴方が1番美しいと感じています。」
その手は、だんだん速度を落としていく。
髪から手が離れた頃、彼はうっとりとまどろんでいるようだった。
「・・・そろそろ 眠れそうです・・・」
「そうですか。」
私がベッドから出ようとした時、何かに引っ張られる感覚を覚えた。
「・・・すみません・・・」
私の右手を掴みながら、彼は謝る。
「私が・・・眠ってしまうまで・・・一緒にいて下さい・・・」
声は、今にも深い所に落ちてしまいそうなくらい眠そうだった。
『眠るまで一緒にいる』 これが彼の願いなのだ。何も言わず、彼の横に座る。
彼は安心したようにうっすらと目を開け、呼吸を繰り返す。
「・・・ありがとうございます・・・」
「仕事ですから」
「・・・貴方のような 美しい人に出会えて・・・良かったです・・・」
「そうですか」
「・・・・・・おやすみなさい・・・」
彼は、静かに告げると ゆっくりと目を閉じた。
ピィィィィィーーーー―――――・・・
機械の中で揺れていた波が 真っ直ぐに収まる。
穏やかに眠る彼の髪を撫で、私は立ち去った。
彼の一生のお願いは きっと 全てを知った上での願いだった。
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