第4話

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第4話

 ふと気が付くと、柊一は一人でベッドの上にいた。  両手は相変わらず、背中で固定されている。 「あ…のヤロウ…っ! 好き勝手しやがってっ!」  苛立ったように呟きながら、柊一は動かない腕に上自由しながらも身体を起こそうとしたが。 「つぅっ!」  足に走った痛みに、思わず悲鳴を上げて動きを止めた。  身体は相変わらず全裸のままだったが、上に薄掛けを一枚広げられていて、腰から下を見る事が出来ない。  動かせば激痛が走るし、両手は拘束されていて動かす事は不可能だから、柊一は、己の足の痛みの原因を見る事が出来なかった。 「チクショウ! なんだつーんだよっ!」  ますます苛立ちを募らせたような様子で、柊一はまるで癇癪を起こした子供のように無茶苦茶な動きをしてみせる。  しかし、そんな事で状況が変わる訳もなく、柊一はただ足の痛みに呻いただけだった。 「ダメだよ、シノさん。せっかく掛けといた布団はいじゃ」  扉が開いたと思ったら、手に持っていたトレーを側のテーブルに置いて、多聞が側に来る。 「テメェは一体、俺に何をしやがったっ!」  何もかもを抑制されて、完全に癇癪を起こしてしまっている柊一が、噛みつくように怒鳴り散らす。  だが、鎖できちんと繋がれた犬に子供が驚かないように、柊一が決して自分に危害を加えられない事が判っている多聞は、落ち着き払ったものだった。 「シノさんって、怒ってる時もスゴク綺麗だね。…俺、最初の頃は本気で怖いって思ってたけど、でもシノさんがホントはスゴク綺麗なんだって気がついてからは、時々ワザと怒らせたいって思った事もあるよ」  肩に手をかけ、多聞は強引に柊一の身体を仰向けに押し倒す。 「やめろっ! 変態っ!」  どんなに悪態をついてわめき散らしても、多聞は己の勝手な行動を止めようとはしない。 「…怒ってない時も、スゴク特別なオーラを纏ってるみたいな感じがして…なんか、大型の肉食獣みたいでさ…。…俺ね、シノさんを飼い慣らせるなんて思ってないけど、でも、ただ見ているだけってのに我慢が出来なくなっちゃったんだよ…」  耳元に口唇を押しつけながら、ふざけた繰り言を囁き続ける多聞に、柊一の怒りは頂点に達した。 「っ! 痛っー!」  悲鳴は、二人の口から同時に上がる。  腹を蹴られた多聞は身体を「く」の字に折り曲げて激しく咳き込み、柊一は蹴り上げた衝撃で走った足の激痛にのたうち回った。 「ひっでェよ、シノさん! 蹴っ飛ばすコト無いだろうっ!」 「蹴飛ばされるようなコトしといて、なに言ってやがるっ!」  両腕が拘束されている事などものともせずに、柊一は多聞に食ってかかる。  自身の意にそぐわぬ事を強要される事を、なによりも由としない柊一にしてみれば、たとえ首から下すべてをガッチリと拘束されていようとも、最期の一瞬まで抵抗を止めない事が己のポリシーなのだ。 「そんな無茶な動きをすると、足が二度と動かなくなるぞっ!」  多聞の言葉に、思わず柊一はギョッとしたような顔をした。 「なん…だって?」 「最初にスッゲェ暴れたろ、シノさん。あの時に、怪我したんだぜ? そんな風にしたら怪我が治らなくて歩けなくなるに決まってんじゃん」  強張った表情のまま、柊一は掛け布に隠れた己の足を見た。 「もしここから解放されて自由になったとしても、足が動かなかったらもうあんな風にステージを駆け回る事が出来なくなるぜ? それでもイイんだ?」 「解放?」  怪訝な顔をする柊一に、多聞はまるで勝ち誇ったような笑みを向ける。 「確かに俺は、そう簡単にシノさんを手放すつもり無いけど。でも、俺はその可能性を否定する気はないんだぜ? 帰って、またステージ立つつもりがあるんだろう? シノさんは希望を持って良いんだ。…でも、その気があるなら身体はいとわなくっちゃね」  柊一が黙り込むと、多聞はますます嬉しそうに目を眇めてみせた。 「俺としては、片足が折れている方が都合がいいけど。でもあまり無様なシノさんなんて見たくないからね。本当に俺の手に負えない状態になる前に、医者を呼ぶつもりくらいは…」 「医者なんか呼ぶなっ!」  ほとんど、わめき散らすように柊一が言った。 「えっ?」  己の体調や、ここから逃げ出す算段として医者を呼んで欲しいと柊一が懇願する事を期待していた多聞は、その一言に吃驚する。 「シノさんッたら、ジョーダンばっかり。ホントは呼んで欲しいクセに、そんなコト言って俺を混乱させようっていう作戦なら…」 「医者なんか呼びやがったら、テメェただじゃおかねェぞっ!」  ギッと睨み付けてくる柊一の表情に、嘘はない。  多聞は、柊一が本気で医者を拒絶している事に気がついた。 「…だってシノさん、歩けなくなるかもしれな…」 「この程度で動けなくなるほど、ヤワじゃねェ! とにかく医者を呼んだら、テメェの事スマキにして、ココに来る途中の渓谷にたたき込んやるから、そう思えっ!」  口論の立場は完全に逆転していた。 「いや、俺だって呼びたいワケじゃなくて、呼ばなきゃならないよーな事態になったら呼ばざるをえないんだけど。でもシノさんが呼んで欲しいって言うなら考え無くもないよって、そー言いたかった…」 「莫迦野郎っ! 医者なんてテメェをブッ殺したって呼ばせねェぞっ! 医者ァ呼んだら、俺は一生二度と許さねェからなっ!」 「…解りました、呼びません」  多聞は柊一の剣幕に負けた。
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