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第2話
多聞からの連絡が途切れたのは、二週間程前だった。
「もう探す場所なんて、何処にも無いよ。多聞君、もしかして拉致でもされたのかもしれない…」
スケジュールの管理をしている北沢が、冗談でもなんでもなくそう言い出したのが一週間前。
「でも北沢サン。そりゃ確かに可能性がないとは言い切れないけど、それならそれで身代金要求とか、犯行声明とか、あるんじゃないの? 女のコや子供が攫われたんならともかく、アレをそれ以外の目的で攫うヤツなんかいないでしょう?」
出掛ける先を聞いていた訳ではないが、行き先に察しが付いていた柊一は事が大きくならないように、それとなく北沢を宥めた。
本音から言えば、多聞の気まぐれに付き合わされるのはごめん被りたかった。
悪い奴ではないし、実際に迷惑をかけられても憎めないのは確かだったが、だからといってそれに己から関わりになるのは、柊一ではなくても気が進まないのは当然で。
しかし今回の多聞の気まぐれが、仕事に支障をきたし始めていたのは事実だったから、はぐらかしていられるのはこの辺がギリギリだった。
まして北沢のように、メンバー一人一人に心を砕いて面倒を見てくれる人にとっては、もう言い訳だけでは済まないほどのストレスを与えている。
だから、柊一はあのログハウスへ電話をかけたのだ。
その時、ログハウスの存在を北沢に言わなかった事を今更後悔しても仕方がない。
思うに、鍵を受け取ってしまった事で、柊一は既に多聞の罠に引っかかってしまっていたのだろう。
「やっぱりシノさんだ。そろそろ、掛かってくるんじゃないかなぁって思って、待ってたんだよ?」
まるで当然といわんばかりの口調で応対に出た多聞は、柊一からの電話を歓迎するような気配さえ示していた。
「寝ぼけたコト言ってンじゃねェよ。オマエ一体ナニ考えてんだ? 仕事おっぽり出して…。さっさと戻って来い!」
「おっぽり出してったって、大した仕事じゃないじゃん。どうせ、本人上在でもシングルはバンバンリリースされてるし、俺がいなくなった事、まだ誰も気付いてないんでしょ? もうちょっと充電してからだって、大丈夫だよ」
「ふざけんなよ! オマエ北沢サンにどんだけ心配かけてるか、解ってんのか? グチャグチャ屁理屈こねてると、そこの番号、北沢サンにチクるぞ」
「えぇ〜、そりゃないよ、シノさん〜」
ようやく弱気な声を上げた多聞に、一瞬柊一は安堵したのだが。
「じゃあさ〜、シノさん迎えに来てよ」
「ああっ?」
「だって、俺はまだ全然帰りたくないのに、帰らなきゃならないんだよ。誰か迎えに来てくれなくちゃ、気が乗らないよ〜」
ぬけぬけと、そんな事を言う。
「冗談じゃない。俺がオマエにそこまでしてやる義理ねェだろ」
キッパリとはねつけると、多聞は不満そうな声を上げた。
「ホントはシノさんだって北沢クンにココのこと教えたくないって思ってるんでしょ〜? 少しぐらい、俺のワガママ聞いてくれたって罰は当たらないよ。それに、今更ココのことを打ち明ければ、俺と一緒にシノさんだって怒られるんだぜ?」
「なんで、俺が?」
「当たり前じゃん。だって俺達、共犯でしょ?」
そう言われてしまっては、柊一も言葉を返せない。
実際、ログハウスの事を北沢に打ち明けるのは気が進まなかったし、北沢が憔悴しきっているのを気の毒に思いながらも、ログハウスの話をしなかった事を後ろめたく感じていたから。
結局柊一は、完全に多聞をはねつける事が出来なかった。
「じゃあ、今から迎えに行ってやっから。そっち着いた途端にやっぱり戻りたくないとか言いやがったら、ブン殴るからな!」
「うわぁ、怖い。…分かってますよ」
怖いと口では言いながらも、多聞の顔が笑っているのは想像がついた。
だが、もうそんな事をいちいち取り合うのも面倒で、柊一は通話を切ると愛車のエンジンを暖め出かけたのだった。
山小屋にたどり着いたのは、深夜も過ぎた頃。
そんなに遅くになる予定ではなかったが、なにぶんにも山道の運転は危ない。
現に、来る途中で転落事故の形跡を見掛けた程だった。
「あのヤロウ…、この代償は高くつけてやるから、覚えてろ…」
車を停め、真っ暗なログハウスを前に一人ごちてから、柊一はおもむろに扉に手を掛けた。
室内に明かりが全く灯っていない事を不審に思わなかった訳ではないが、自分がここに来るまでの間にまたしても多聞が気紛れを起こし、眠ってしまっているのだと思いこんでいた。
柊一が室内に一歩踏み込んだ瞬間…、
『バサリ』
と、頭から被せられた毛布。
「な、なんだっ?! レンッ! おいっ!」
訳が解らず、柊一はもがきながら暗闇の中をやたらに動き回った。
しかし、それもつかの間…
『ガツンッ!』
と、襲いかかってきた衝撃。
「なん…っ」
突然の襲撃に、柊一は為す術もなく床にうち倒される。
咄嗟に打撃を見舞ってくる方向に蹴りを繰り出してみたが、その一撃に確信を持つ前に、のばした臑を強く打ち返されてしまう。
「…っ!」
なにがなんだか判らぬままに闇雲に抵抗したのもつかの間、肩口に感じた鋭い痛みと共に目の前がチカチカして、柊一の意識は混濁してしまった。
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