追放

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****  電車を降りると、遠くから蝉の声がした。  絵に描いたような青い空と白い雲。都会の乾いた暑さとは違う、どこか柔らかい熱が陸の体を包む。  これぞ日本の夏! の要素がぎっしりと詰まったこの場所で、陸は必死にあるものを探していた。 「だーっ! どこだよ、バス停は!」  陸の住むS市から新幹線で隣の県の主要都市まで、そしてそこから特急電車でA県の地方都市へ。さらにそこから私鉄の鈍行電車に乗ってようやくたどり着くのが、陸の祖母が暮らす町、つまりは「ド田舎」だ。  祖母に「駅前からバスが出てるから、それに乗ってこい」と言われたのだが、そのバス停が見当たらない。  いま、陸の目の前にあるのは、二つに分かれた道と、営業しているのかどうかも分からない食堂らしき建物と、電話ボックス。その奥の時計屋っぽい店の前にはステテコをはいたジイさんが椅子に座ってシャーベットアイスをかじっている。  未開の地か、ここは。  いつもは孝男の運転する車で来るので、この駅に来たのは初めてだった。ボストンバッグを地面におろすと、スマホで地図を確認する。表示されるその数字は……まあ、歩いて行けない距離ではない。 「仕方ねーな」  もう一度、スマホの画面を確認する。目的地のピンが立った場所は何もない山の中。ホントに、なんでこんな場所で暮らそうと思ったんだか。  さて、と歩き出した陸の背後からブルンとエンジン音がして、荷台に農機具を積んだ軽トラックが横に止まった。 「もしかして、鬼沢さんとこのお孫さんじゃない?」  窓からのぞく、日焼けした老夫婦の顔にはどことなく見覚えがあった。近付くと、土と肥料のにおいがした。 「あー……えっと、確か……」 「隣の吉田ですー。まぁずいぶん大きくなったねぇ。ちょっと前までこーんな小さかったのにねぇ」  奥さんが親指と人差し指で十センチほどの大きさを作りながら、旦那さんと一緒にカラカラと笑った。今日の空のようにすっきりと抜けたような笑い声だった。  俺の体がそのサイズだったことは未だかつて絶対にないけどな、と陸は心の中で呟いた。
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