追放

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****  都会に比べたら風が冷たくてずっと涼しいはずなのに、じりじりと肌を焼く太陽の光だけは同じだった。三十分も歩くと、Tシャツの背中に汗がにじんでくる。  ぽつんと道に佇んでいる自動販売機で飲み物を買った。普段はミネラルウォーターばかり飲んでいるけれど、その日、陸が押したのはコーラのボタン。こうも太陽に焼かれると、喉に刺激が欲しくなる。  流し込むと、口の中で心地よく炭酸が弾けた。  一息ついて、まるで綿菓子のような雲が浮かんだ青空を見上げると、耳の奥で声が響いた。それは、ずっと陸から離れない声。  ――やめてよ、鬼沢くん。  十歳のときだった。  教室で、男子数人に追いかけられていた女子がいた。  奇声をあげながら女子を追いかけ回す。その当時、男子の間で流行っていた謎の遊びだ。その日ターゲットになった女子は、真面目で頭もいい学級委員長。  普段取り澄ましたその子が、怯えた表情で、それでも「先生に言い付けるよ」と必死に強がって逃げる様子は、かえって男子たちを興奮させたようだった。  この遊びの終わり方はいつもグダグダで、ターゲットの女子が「もーやめてよー」って笑って相手にしなくなったり、チャイムが鳴ったり、通りかかった先生に注意されたりして終わる。つまり、明確なゴールがないのだ。  その日は運の悪いことに、休み時間はたっぷりと残っていたし、先生も通りかからなかった。しかも、興奮した男子たちにつられて、教室にいた生徒がひとり、またひとりとその遊びに参加し始めた。  委員長は大勢に追いかけられ、教室の隅に追い詰められた。「やめて、こっちに来ないで」と泣きそうな声で叫んでいる。  そして、一人の男子が「わーっ」と叫びながら手を振り上げた瞬間、陸の体が動いていた。  小さい頃から孝男に言われていた。  人を守れる男になれと。男の拳は、そのためにあるんだと。  陸は、手を振り上げた男子に殴りかかった。突然の襲撃に驚いたその男子は陸の攻撃をまともにくらった。 「なんだよ! 何すんだよ!」 「お前関係ないだろ! あっち行けよ!」  周りの男子たちも加勢して、大乱闘になった。  それでも陸は腕っぷしに自信があった。次々と殴りつけ、戦意を失わせていく。  あと一人、というときに、陸の腕を誰かがつかんだ。邪魔するならぶっ倒してやる! とその手の主をにらみつけた。しかし、その視線の先にいたのは、追いかけられていた委員長だった。 「やめてよ、鬼沢くん」  委員長は震える声でそう言った。つかまれた腕から、委員長の体の震えが伝わってくる。 「やめてよ、鬼沢くん」  泣きそうな顔で、震える声で、震える体で、委員長はもう一度繰り返した。
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