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「おい、何やってるんだ!」
誰かが呼んできた担任が教室へ駆け込んでくる。
それと同時に、遠巻きに見ていた女子たちが、陸から委員長を引き離した。
大丈夫? と口々にその子を慰めながら、チラチラと陸を見る。その視線が好意的なものでないことは、まだ幼い陸にも分かった。
「何があったんだ? 誰がやった?」
先生がそう問うと、教室にいた全員が陸を見た。
「鬼沢、お前か?」
「――違う」
「どうなんだ、みんな」
先生が重ねて問うと、陸に殴られた一人が叫んだ。
「あいつが急に殴ってきたんだ!」
すると、みんなが次々に口を開き始める。
「俺たち、ふざけてただけなのに、いきなり入ってきて」
「鬼沢くんが男子を殴り始めて」
「俺も関係ないのに殴られた」
「委員長が止めてくれて」
「じゃなきゃ、全員殴られてたかも」
「怖かった」
一人の女子が泣き始めると、つられたように数人が泣き始める。
「――違う」
嵐のような騒ぎに飲み込まれた陸の呟きなんて、誰のところにも届くわけがなかった。
「みんな落ち着け。とりあえず、鬼沢、職員室まで来い」
先生が陸の手を引いた。陸はもう一度「違う」と呟いて、それに抗った。
自分はただ、助けたかっただけなのに。なのに――。
「あいつ、ひでーよな。『オニ』みたいだった」
最初に陸に殴られた男子がそう言った。
『オニ』という言葉が、池に落ちた小石のように波紋を広げていく。
「やべー、あいつ『オニ』じゃん」
「ホントだ。『オニ』だ、『オニ』!」
その言葉に、みんなの陸を見る目が変わった。自分たちとは違う何かを見る目。今、自分はこの教室にいる誰とも違う「何か」になってしまったのだと、陸は感じた。
「こら、いい加減にしろ。ほら、行くぞ、鬼沢」
再び先生が手を引く。今度は陸も抗わなかった。
ちらりと委員長の方を見ると、泣きそうな顔をしてじっと陸を見つめていた。その唇は真一文字に引き締められ、飛び出しそうな言葉を押さえ込んでいるようにも見えた。
「じゃあ、お前たち、教室を片付けておくように。次の時間、最初の十五分は自習時間にするから」
先生が、陸を連れて教室を出ようとしたとき、
「あの、私……!」
委員長だった。胸の前でぎゅっと握りしめた手が、まだ小さく震えている。
「どうした?」
「先生、私……、あの、鬼沢くんは――」
「――先生、早く行こう。俺がやったんだ」
陸がそう言うと、殴られた男子たちは「ほら、やっぱり。先生、あいつ『オニ』なんだよ!」とまた騒ぎ始めた。
その声に、委員長の唇がまた真一文字に引き締められた。
「分かったから騒ぐな。いいか、ちゃんと自習してるんだぞ」
不満げな「はーい」という声がばらばらと上がって、みんなが自分の席に戻り始める。
先生の後に続いて教室を出る陸のことを、委員長だけがずっと見ていた。
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