君との出会い、それはカボチャとトマト

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君との出会い、それはカボチャとトマト

 次の日の夕方、陸が再びあの小屋へカゴを背負って行くと、昨日置いたカゴは無くなっていた。さらにその次の日、陸が行くと、小屋には空のカゴが残されていた。  野菜が入ったカゴを置き、空のカゴを背負って山道を下りる。そんな日々を繰り返しながら、陸はこの行為の意味を考えていた。  推測するに、千代はこの小屋を使って「誰か」に野菜をくれてやっているのだろう。問題は「誰に」、そして千代が「なぜ」こんなことをしているのかだ。  ただ野菜をくれてやるだけなら直接持っていけばいい。  実際、近所の(めっちゃ遠いけど)吉田さんや知り合いからは、毎日のように野菜や果物、作りすぎたおかずなんかが届けられるし、千代もあちこちに野菜を配っている。わざわざこんな回りくどいやり方をする必要なんてないはずだ。  何度か千代に聞いてみたが、のらりくらりとかわされてしまうだけだった。 「ちくしょう、説明くらいしろってんだ」  今日も今日とてカゴを背負って山道を登る。夏の暑さが強まるとともに野菜たちはぐんぐんと成長した。カゴには溢れそうなほど野菜が詰め込まれている。 「このままじゃそのうち重すぎて登れなくなっちまうぞ」  すっかりと当たり前になった休憩で、カゴからトマトを一つ取り出してかじりついた。初めはどこか遠慮もあって、歩く速度を落とすだけだったが、今はカゴを下ろし、そのふちに腰かけてゆっくりと休むことにしている。  なにも説明してくれないのなら、せめて好き勝手にやってやる。ちょっとした反抗だった。  酸っぱくてほんのり甘いトマトの実を噛み砕きながら、目の前の赤いロープを眺める。謎と言えばこの赤いロープ――千代が言うには「境界線」だ。  絶対に越えてはいけない。  そう言われたけれど、その先にはいったい何があるというのか。そして、何があるから越えてはいけないのか。少なくとも、陸の目には同じような山の景色が続いているようにしか見えなかった。 「オニ、ねぇ……」  そんな奇想天外な話は、千代の誤魔化しにしか思えなかった。  いつになったらちゃんと説明してくれんのかな。陸はトマトのヘタを境界線の向こうへ投げ捨てた。 「さて、と。行くか」  自分を励ますように声を出して立ち上がる。再びカゴを背負おうとしたとき、その重さにぐらりとバランスを崩した。 「あ……っぶねぇー」  なんとか踏ん張り、倒れずに済んだ。こんな山の中でひっくり返るなんて目も当てられない。 「マジで少し減らしてもらわねぇとやべぇな」  それでも、休憩のおかげか先ほどよりもカゴが軽くなったような気がする。  さっさと置いて帰ろう。そして今日こそ理由を聞き出してやろう。  陸はそう決意すると、力強く足を踏み出した。
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