君との出会い、それはカボチャとトマト

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 小屋の引き戸を開けると、空のカゴがない。今日はまだ、その「誰か」は来ていないようだ。  このまま待っていれば、少なくとも「誰か」の正体が分かるかもしれない。陸の好奇心がわずかに騒ぐ。  しかし、この行為が俗にいう「恵まれない人に愛の手を」という趣旨のものだったとしたら、強引に正体を突き止めるのは得策ではない、とも思った。  とにかく、千代に理由を聞こう。もし、今日もはぐらかされるようなら、もうこの運び屋の真似事はやめると言ってやればいい。  結局、いつものようにカゴを置いて小屋を出ることにした。  山の中の夕暮れは、町よりずっと早い。木々に光が遮られ、薄暗くて、鳥の羽ばたきや鳴き声に、知らず知らず陸は足取りを早めていた。  ふと道の先に何か小さな黒い影があることに気付く。しかしハッキリとは見えない。  野生動物かと身構えたが、その黒い影は小さくて、せいぜいウサギくらいだ。こっちと出くわしたら、向こうが逃げるだろう。もし向かってきても、あのサイズなら……たぶん倒せる、はずだ。  そう判断して、陸はゆっくりと歩を進める――が、 「なんで、こんなとこに……」  それはただのカボチャだった。  野菜相手にほんの少しでもビビった自分を誤魔化すように、乱暴にそれを拾い上げる。  少し考えて、そうか、と思い当たる。  よく見ればその場所は、先ほど陸が休憩をとったところだった。おそらく、カゴを背負おうとしてバランスを崩したあのとき、転がり落ちてしまったのだろう。休憩後にカゴが軽く感じたのも、きっとそのせいだ。 「どうすっかなー……」  あの小屋からここまでは約十分。つまり家に戻るまでは約二十分。  このカボチャを抱えて二十分かけて山を下りて、千代に報告するか。それとも十分かけて小屋へ戻り、カゴに入れてくるか。  進むべきか戻るべきか。そんなハムレットのような選択が陸に突きつけられる。  いっそ割れていたら、諦めて捨てていく選択肢もあったのに。  道に転がっていたカボチャには傷一つなく、絶対に美味いんだろうな、と思わせるほどずっしりと重かった。 「……あーっ、クソ!」  逡巡した結果、陸は小屋へ戻る決断をした。  もし家に戻ったとして、千代に「置いてきな」と言われたら、それこそ面倒だ。それに――。  もしかしたら、あのカゴを持っていく「誰か」を知ることができるかもしれない。  そんなほのかな期待に気付かない振りをしながら、陸は今きた道を戻り始めた。
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