落としものコレクション

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 しかし、そうそう死体が転がっていることはない。結局、人形がしゃべりはじめてから数十年のときが経ってしまった。ただ、老婆はあきらめなかった。息子をよみがえらせる日まで、ありとあらゆるところへ出向いた。  その努力もあって、待ち望んだ日はついにやってきた。  夜遅く、老婆が自宅に帰ってくる。老婆の家は息子が亡くなったときと同じ家だ。自宅には子どもの思い出が詰まっている。どんなことがあっても手放したくはない。ひとりで暮らすには広い家だが、子どもが戻ればそうも言っていられないだろう。 「さあ、帰ってきたよ」  リュックを背負った老婆が背中の人形に語りかける。いつもは重いリュックが、今日ばかりは軽かった。 「ついにそろったよ」  老婆がリュックをおろして、なかからだいじそうにケースを取りだす。もちろん、見つけた死体の一部が入っている。そのケースと人形を持って、冷凍庫へと向かう。年寄りのひとり暮らしには不必要な大きさの冷凍庫だが、死体を保管するためなら当然の設備といえよう。  老婆がかがんでとびらを開く。玉手箱のような白いけむりが出てきて、床を這う。なかには収集した人体のきれはしがたくさん。老婆の目は宝物を見るようだった。老婆が人形に中身を見せながら、誇らしげに告げる。 「どうだい、全部そろっただろう」 「ああ、これはすごいや。よく集めたね」 「当たり前だよ。ぼうやのためならなんでもできるんだ」  老婆の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。感慨に浸りつつも、冷凍庫のとびらを閉めて人形に聞く。 「これで体はそろったよ。つぎはどうすればいいんだい」 「体に魂を入れるのさ」 「どうやって。魂なんてものは見たことがないから、わからないよ」 「平気さ。いままでより簡単なことで手に入るよ。ひとからもらうんだ」 「どうやってもらえばいいんだい。頼めばもらえるものなのかい」  老婆の問いに、人形が答える。 「これはしかたのないことなんだけど、相手には死んでもらうしかないんだ。気の毒だろう」 「ああ、気の毒だね。なにかほかの方法はないのかい」  老婆がたずねる。いかに子どものためになんでもやるといっても、ひとの命をうばうのは気が引ける。いままで善良に生きてきたつもりなのだ。そんな老婆を説得するように人形は口にした。 「でも、ひとりだけ魂をもらうのにぴったりのやつがいるじゃないか。死んで当然のやつがいるじゃないか」 「それはだれだい」 「ふふ、忘れたわけじゃないだろう。あいつしかいないんだから」  人形が笑う。その言葉を聞いて、老婆が奥底に封じこめていた記憶が噴きだしてくる。数十年前、交通事故で子どもを死に追いやったやつだ。 「まだ生きているといいんだけど」  老婆がつぶやく。 「心配することはないさ。生きているよ、このときのために生きているさ」 「そうかい」  老婆が立ちあがる。人形をだいじそうにつかんでリュックのなかに入れた。リュックのなかで、刃物が鈍く月の光を反射していた。 「さあ、行こうか。ぼくたちにはやつの魂をもらう権利があるのだから」 「ああ、これで終わりだよ」  老婆はリュックを背負い、家を出た。最後の仕事へ向かう、その足取りは軽い。あのとき失ったものを、返してもらいに行くのだ。 〈了〉
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