探し人

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 浮気、恐喝、不倫、失踪、いじめ、婚約者の身辺調査など、あらゆる依頼に対しこれまで対応してきた自称プロの探偵事務所。  しかし、全てが上手く行く事は無く危険な目も幾度となく乗り越えてきた老舗だ。それを証拠に、事務所の移転は既に五回を繰り返す都会の闇に潜む裏稼業。社長を含めたった三人の小規模の事務所だが、俺にとっては妙に居心地の良い場所だった。  久々に金になる四件もの依頼、しかも探し人は同一人物で間違いないだろう。上手く行けば、レバレッジをかける様に四倍もの報酬を手にする事が可能だ。手掛かりを見つけるため夜通し調査を終えた午前五時、事務所ソファーに寝入ったところ不快なドアを開ける音で目を覚ました。 「ギ――ィッ、ガガガガ」  地震を繰り返す度に酷くなるドアの建て付け、床を擦りながら開かれた扉から姿を現したのは酒臭い朝帰りの社長。 「なんだ、お泊まりか? 相変わらずモテるな」  滞納した家賃を払うべく労働に勤しむ部下にかける彼なりの労いの言葉だろう。聞こえないフリをすると、彼も今から寝るのだろうか? 四帖程の小さな社長室へと姿を消した。  いわゆる世間で言う名ばかり社長。オールバックの白髪、日本人離れした高い鼻筋は一見するとマフィアのボスの様にも映り還暦を迎え更にハクを付けていた。 『全くいい気なもんだっ。仕事もせずに毎日フラフラと、昼はパチンコ、夜は酒場に女いい身分だぜ』  内心憎しみが込み上げるが、ここ数ヶ月の自らの売上が頭に過ると言葉にする事無く、体内へと飲み込まれてゆく。 『今回の案件、何とかしないといよいよ事務所を去る事になるかも知れない』  そう思いつつ、いつしかソファーで寝落ちした俺を起こしたのは、毎朝八時出社の事務員、涼子だった。 「相模さん、また事務所に泊まったんですか? ちゃんとお風呂くらい入って下さいよ。もうっ、汗臭いなぁ」  壊れたドアよりもウルサイ涼子の声にやむを得ず立ち上がり洗面へと向かう。 「うるせえなぁ、いいんだよっ。ちゃんとサウナで朝風呂入るから」  返事の無い彼女に視線を向けると、事務机に置かれた社長の長財布から無数の領収書を取り出し、新たに十万円程の現金を財布に収める姿が見える。 「くそっ、依頼の前金じゃねえかっ」  まるで昭和世代の亭主関白なのか、社長が恥をかかない様に、使った現金をこっそりと補充させ、壁に掛けられた社長のスーツのジャケットへと忍び込ませていた。  涼子と社長の関係は分からない。いつの間にかこの事務所に転がり込み、当たり前の様に仕事をこなす。初めは愛人か隠し子と思っていたが、どうやらそうでも無さそうだ。  余計な詮索はしないようにするが、目の前で現金だけを奪い去られた行動に朝から気分が悪い。  洗面所を出る直前、微かに感じる甘い香水の匂い。不思議と男心を弄ぶその色気ある心地よさに言葉をこぼす。 「涼子、お前香水変えたのか? いいセンスしてる……、あっ……」  壊れたドアに佇む一人の若い女、色気ある香水の主は彼女から漂うものだった。      
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