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深夜の襲撃
ドッ……ドドド……
風音に紛れて地響きが闇を切り裂く。
「早く、地下室へ行けっ!」
父さんが叫ぶ。泣き声が漏れないように口を布地で覆ったメリルを抱いて、母さんが先に床下へと消える。
「イモと豆の袋を、急げ!」
渡された麻袋を受け取り、地下に投げ入れてから、汲み溜めた水瓶を落とさないように抱えて階段を下りる。
「父さん、羊達は!」
「ダメだ、諦めろ」
武器になる調理器具と農具、金目のものをありったけ運び込み、父さんは閉じた床板に閂をかけた。
吹き荒れる風音を隠れ蓑に、北方から馬に乗った蛮族がやって来たのは、村がすっかり眠りに就いてからのことだった。僕らの村は、アーベントラント国の西北の外れに位置している。豊かな実りをもたらす土地ではないが、平和な田舎の農村だったのに。
「怖いか……」
暗闇で大型ナイフを握り、息を殺す。しゃがんだ膝が小刻みに震えている。すぐ傍から父の低い声が囁いて、大きな掌が僕の頭を撫でた。コクンと頷くと、肩を力強く叩かれた。
「父さんに何かあれば、母さんとメリルを頼んだぞ」
返事をしようと口を開きかけた時、頭上から大きな破壊音が響き、ドカドカと数人の足音が侵入してきた。
「探せ! 女とガキは金になる!」
野太い怒号の後、家の中が荒らされる激しい音がした。
「居ねえ! 逃げたか?」
「いや、待て」
足音がピタリと止んだ。
ガツン……ガツン……
床板を叩く音が聞こえてきた。同じような重い音が段々と近付いて来る。額からジワリと吹き出した汗が、顎から滴り落ちる。
ガツン……ガツン……ゴッ
「ここだ」
すぐ真上の床板が、やや軽い音を立てた。直後、落雷のような轟音と共に天板が叩き割られ、ガラガラと木屑が降り注いだ。灰色の埃が舞い上がる中、剣を握った大きな背中が、僕の脇から飛び出して行った。
-*-*-*-
「父さんっ! 離せ……嫌だぁっ……!」
目の前を覆う影にギョッと息を飲む。薄闇の中、冷たい碧眼が、黒い仮面の奥から見下ろしている。
「あ……」
「喚くな。大人しく寝ろ」
仮面の男は、吐き捨てると向かいの座席に身を沈め、マントに包まった。
――ガタガタ……ガタガタ……
乗せられた馬車の中で、いつしか眠ったらしい。座面のクッションは柔らかいが、規則的な振動が続いている。身体を起こすと、関節があちこち軋んだ。長時間、同じ姿勢で横たわっていたせいだろう。
久しぶりに、あの夜の夢を見た。
2年前の秋。村を襲った異国の盗賊に、僕は捕らえられた。家族を守ろうと果敢に挑んだ父は一太刀の露と消え、妹を手放すまいと抵抗した母も、妹ごと刺し貫かれて死んだ。
『見ろよ、このガキ、女みたいに綺麗な顔してやがる』
『コイツは高く売れるぜ!』
黒い獣の毛皮を纏った男達が、床に組み伏せた僕の顎を持ち上げ、下卑た笑いを向けた。どいつも長い赤毛で背が高く、浅黒い肌をしている。
四肢を縛られ、猿轡を噛まされたまま、大きな箱のような荷馬車に押し込められた。若い女性と子どもだけ、既に十数人の村人が捕らえられており、僕達はどこかへ運ばれた。
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