離宮にて

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離宮にて

「ラルジャン様っ!」  明かり取りの窓から差し込む午後の陽光に煌めく、腰までのプラチナブロンド。緋色に銀の刺繍が施された神官の(ローブ)を見かけて、階段を駆け下りた。 「おや、ハミル。そんなに慌てなくても、私は消えませんよ」  湖面で揺れる月明かりのように、高潔な美貌をフワリと崩して微笑みを返してくれる。透明な肌の白さといい、アメジスト様の淡い瞳といい、中性的な人形のような造形は、神に仕える特別な存在だからだろうか。鮮やかな衣に包まれていなければ、陽射しに溶け込んで消えてしまいそうなほど、淡くて儚い。 「でもっ、ここの所、頻繁に宮殿にお出掛けされているじゃないですか」  ゴツン 「いてっ!」  真上から拳骨が落ちてきて、思わず両手で頭を押さえた。 「ユクレス王子の即位が近いんだ、仕方なかろう」  振り返ると、濃紺の軍服を隙無く着こなした均整の取れた体躯がある。胸にズラリと並んだ金銀の勲章は、王家専属の軍隊――近衛隊長の証だ。頭1つほど高い位置から、冴えたアイスブルーの眼差しが、呆れたように見下ろしている。 「また廊下を走ったな。何時たりとも気品ある振る舞いを忘れるなと言ったろう」 「ごめんなさい、オスクロ様」  小さくなって頭を下げる。「いつでも品良く振る舞え」――僕を大金で買ってきた翌日、目の前の彼(オスクロ様)が突き付けてきた命令は、労働でも夜伽の相手でもなく、貴族社会に出ても遜色ない上品な礼儀作法を身につけることだった。 「まぁまぁ、バラス。それで、私に何か用ですか」  片手で鬼隊長を制して、ラルジャン様が僕に向き合う。 「はい! 先週お貸しいただいた気象学の御本ですが、下巻をお貸しいただけないでしょうか」 「もう読んだのかい?」 「はい。父から教わった自然現象と結びついていたので、とても分かりやすかったです」 「そうか。流石は大地の民だ。明日、書庫から借りて来よう」  優しく微笑んで、ポン、と髪を撫でてくれた。それだけで身体が温かくなる。 「ありがとうございます!」 「ふふ。ハミルは、頑張り屋さんだね」 「いいえ。もっともっと知りたいです。書物の中には未知の世界が待っていて……冒険のようでワクワクします」 「そうか。でも、無理しないようにね」  オスクロ様は、懐中時計に視線を落とし、眉頭を寄せた。 「ゴーシェ、そろそろ時間だ」 「うん。じゃあ、また明日」 「はい、ラルジャン様、オスクロ様、失礼します」  緋色と濃紺の後ろ姿に一礼する。足音が遠退いてから顔を上げた。2人は中庭に向かっている。多分、また宮殿に行くのだろう。
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