黄金色の時間

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黄金色の時間

 2人の姿を見送ると、尖塔(トルム)の階段を駆け上った。この離宮は、我が国(アーベントラント)の首都ゴルドネトルム(黄金の塔)の東端の丘に建つ。尖塔のてっぺんは、首都を囲む城壁に設けられた見張り台に次ぐ高さを誇り、空に1番近い場所だ。  眼下に、離宮から象牙色の王宮へ向かう黒い馬車が見えた。  この国では、第1王子が15歳になると戴冠式を行い、王の正式な後継者になる。そして王子が20歳になると、現王は退位して、若き新王の補佐(サポート)に回る。もし第1王子の身に何かあれば、王位継承権は第2王子に移る。王家の安泰な存続のためにも、王には少なくとも5人以上の王子を設ける義務があり、現王にも7人の王子がいる。  この離宮は、第1王子ユクレス様の私邸であり、専属の神官ラルジャン様が暮らしている。神官とは、神と王子との間を執り成す特別な役職であり、銀の髪を持つ者だけが神の言葉を降ろすことが出来るという。 「風の匂い……」  間もなく実りの季節なのに、畑のない都会では、風は何も語らない。窓辺に腰掛けて、故郷の方角を眺める。太陽が西に傾く、それよりもっと北。  新しい人生を与えられて、もうすぐ1年が経つ。大地を離れた僕に出来ることは、オスクロ様の命に従うこと。それが、彼が忠誠を誓うユクレス王子の役に立つのだと、いつかラルジャン様が教えてくれた。 「ゴールデンアワー……」  城壁の先、西の果てに太陽が落ちていく。空が紅く燃え、地表に黄金色(ゴルドネ)の光が降り注ぎ、包まれた街が輝き出す。  茜色の空と光る麦穂の波――夕刻、世界が光と影に分かたれる美しい情景は、故郷で見た景色に重なる。泥だらけで働いた1日の締め括りに眺めた、あの景色がずっと好きだった。  特別のことだと信じていたけれど、この現象は気象条件さえ揃えば、地上のどこでも起こり得るそうだ。そのことを、そしてこの現象が起こる日没前の数十分間に名前があることを、僕は書物で知った。この離宮に来て、僕は文字を覚え、物の名前を知り、世界には多くの仕組みがあることを学んだ。ラルジャン様が勧めてくださる書物はどれも面白く、好奇心を掻き立てられた。今は自分のために学んでいるけれど、いつかユクレス王子の微力になればいい。まだお目通りも許されない下賤の身ではあるけれど――。
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