神託

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神託

 収穫の季節が終わり、乾いた北風が大地を舐める沈黙の季節の始まりの朝。ラルジャン様に呼ばれて、離宮の中庭にこじんまりと建つ礼拝堂の扉を開けた。  彼は緋色の(ローブ)に身を包み、祭壇の前に跪いていた。銀髪を石畳に溢し、一心に祈りを捧げている。天上に近い窓から差し込む一筋の明かりが彼に降り注ぎ、崇高な雰囲気に圧倒される。 「!!」  扉の内側に滑り込んだ切り、声を掛けるのを躊躇っていると、不意に大きな掌に口を塞がれた。振り向くと、オスクロ様が隣にいた。近衛隊長相手に失礼ながら、全く気配を感じなかった。  5分もそうして立っていただろうか。  やがて、ラルジャン様が立ち上がり、こちらを一瞥した。冷徹な眼差しだった。 「来い」  オスクロ様の後を追う。祭壇の奥に扉があり、先に消えたラルジャン様に続いた。狭い小部屋の中に、木の椅子が1つだけ置かれていた。 「座れ」  ただならぬ雰囲気に、大人しく従う。何か粗相をやらかしたのだろうか。緊張と不安で冷たくなった掌を、膝の上でギュッと握る。 「1年前、お前の命を買った」  正面に立つオスクロ様が、静かに口を開く。普段以上に表情が消え、青い瞳がひたと僕を見据えている。乾いた喉が震え、ただ1つ頷いた。 「その命を全うする時が来た。ハミル、お前は明日の戴冠式でもらう」 「暗……殺……?」  訳が分からない。振り返ってラルジャン様を見たが、奥の壁に凭れて俯いている。 「3年前、ゴーシェが神託(ビジョン)を受けた」  オスクロ様が続ける。祈りの儀式の途中、神官はまるでその場に居るかのような仮想現実を体験することがある。それが神からのお告げ――神託だ。  ラルジャン様が視たのは、戴冠式の最中、血に染まったユクレス王子が深紅の絨毯の上に倒れる姿だった。王子が誰にどんな方法で殺害されたのか――それはいくら試みても視ることが叶わなかったという。 「……だから、俺は身代わりを探したのだ」  カツン、と靴音を立てて近付くと、彼は僕の顎をグイと持ち上げた。 「金茶の瞳。王子と同じ、稀少な色を持つ少年を、国中駆け回って――お前を見つけた」 「もちろん、不審な動きをずっと探ってきた。でも――万一のことがあってはならない。分かるね?」  背後から、両肩に掌が添えられた。ラルジャン様の白い指先が、微かに震えている。 手を尽くし、それでも最後の保険が僕なのだろう。 「僕に、選択権はありません。貴方に買われた命です。御心のまま……お使いください」  真っ直ぐにオスクロ様を見た。氷の瞳の中、厳しさが揺らいだ瞬間が確かにあった。それだけで、僕には十分だ――。  肩をポンポンと力強く叩いて、掌が離れた。以前、託された想いを肩に受けた時、僕は役立たなかった。目の前で、みすみす大切な命を奪われた。今度は――今度こそは。
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