残照は闇に溶け

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残照は闇に溶け

「いつまで寝てやがる。起きろ、ハミル!」 「えっ……ぅあっ?!」  フワフワの花畑――かと思えば、木箱の中で花と寝ていた。これって、棺だ! 「痛っ!」  飛び起きれば、身体中がミシミシ軋む。 「早く着替えろ」  オスクロ様の手を借りて棺を出ると、服を押しつけられた。身につけていた服を脱ごうとしてギョッとした。純白の正装が、胸から腹まで褐色に染まっている。 「ああ、それ鹿の血だから、大丈夫」  質素な白シャツと焦げ茶のズボン姿の見慣れない人物がニッコリ笑う。 「あ、ラ、ラルジャン様っ?! 髪が……」  美しかった長髪がバッサリ切られ、短く刈り込まれている。 「うん。落ち着いたら染めるよ。ハミルと同じ色がいいかなぁ」 「おい、喋ってないで急げって!」  オスクロ様が急かす。けれど、彼の格好を見て、僕はまた目を丸くした。濃紺の軍服ではなく、商人が着るような茶色のベストを纏っているのだ。  僕の脱いだ服を投げ込むと、彼は棺の蓋を閉めた。追い立てられながら、暗い通路を進む。月明かりの庭に、黒い馬車が止まっていた。 「さぁ、行くよ!」  扉が開いて、黒い仮面の男が手招く。 「貴方は……」  馬車が動き出してから、向かいの席で微笑む男に問う。仮面の奥の瞳が、僕と同じ金茶だ。 「ありがとう、ハミル。ゴーシェに……バラスも」  親しげに名前を呼ぶ、その人は。 「ユクレス様……」 「その名は、もう捨てたよ。皆のお陰で、僕はただの一国民だ」  微笑むと、隣のオスクロ様の頬に触れ、愛しげにキスを交わした。びっくりして俯くと、僕の横でラルジャン様が小さく笑う。 「あの薬、苦かっただろ」  戴冠式が始まる直前、ラルジャン様が『緊張を和らげる薬』をくれた。あれが、僕の呼吸を止め、仮死状態にしたのだという。 「僕には、子種がないんだ。僕が王位を継ぐ訳にはいかない。だから、僕は死んだことにして逃げたんだよ。ゴーシェは主が死ぬと自由の身だし、バラスは警備の責任を取って辞職したのさ」  全ては王子を解き放つために、2人が仕組んだ計略――。 「私達は、日没の先へ行く。君も来てくれるよね、ハミル?」 「はい!」  笑顔で頷くと、ラルジャン様が髪を優しく撫でてくれた。黄金色の時間(ゴールデンアワー)の輝きは(オスクロ)に溶け――また新しい日が昇る。 【了】
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