Monday1

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Monday1

「ただいま、帰りました」  玄関が開く音と共に、帰宅を告げる穏やかな声がする。  リビングのソファに座っていた俺が振り返ると、荷物を置いたフミアキが上着を脱ぐ時間も惜しいとばかりに早足で近づいてきた。 「おかえり」  俺の挨拶も聞いちゃいない様子で、傍に立ったフミアキはまるでキリンみたいな動きで屈み込み、俺にキスをする。 「逢いたかった」 「バッカ、たった1週間じゃねェか」  笑う俺に、フミアキは少し不満そうな顔をして見せた。 「1週間ぶりだよ?」 「そーだった。久しぶりだな」  俺の返事に満足したのか、フミアキはもう一度キスをねだってくる。  仕事上で知り合い、友人として付き合っていた頃から、かなりタガの外れた「ロマンチスト」だと思っていたが。  しかし、今のフミアキを見ているとものすごく不思議な気分になる。  俺なんぞを相手に…と言うと、まるで自分を卑下しているように聞こえるかもしれないが。  そんなつもりは毛頭なく、単に「同性で同年代」って意味で「俺なんぞ」という言葉が出てきているだけだ。  で、そんな「俺なんぞ」を相手に、コイツはまるで「お姫様ゴッコ」でもやらかそうとしているのである。  2日も放置しておけば無精ヒゲがゾロゾロ生えてくるような、もう三十路も越えているオッサン相手に「お姫様」もないもんだろう…と思うが、フミアキからするとそんなコトなどお構いなし…らしい。  コイツを相手にしていると、時々自分がたおやかで清楚な姫君にでもなったような気がしてくるぐらいだ。 「フミアキ…腹減ってンだけど?」 「あ、ゴメン」  半ばソファの上に仰向けに押し倒されたような格好の俺に、フミアキは頬を赤らめて謝罪を述べ、慌てた様子で身体を起こす。  調子に乗らせて放っておくと、メシをお預けにされかねない。  毎度の事なので腹も立たないし、毎回言わなければならない事にも諦めはついてる。  が、件のロマンチストは自分がそれを指摘された事で叱られたような気分になるらしい。 「中華のテイクアウト持ってきたから、温めるね」  そそくさとキッチンに逃げ出して、電子レンジに向かったようだ。 「そっちで食べる?」 「ココのテーブル低いから、食いづらい」  身体を起こし、側に立てかけてあった杖を手に取る。 「待っててくれれば、あっちまで俺が運んであげるのに」  姫に付き従う騎士のつもりになりきっている(?)フミアキは、俺を横抱きにしてエスコートするのが当たり前だとでも思っているのか、こちらに戻ってきて手を差し伸べて支えてくれた。 「医者は一歩でも多く歩けって言ってンだよ」  少しばかり不満そうなフミアキの様子に気付いたけれど、それを無視して俺はダイニングへと向かう。  悪いが身体の自由が利かないってだけで充分苛立たしいってのに、そんな煩わしいゴッコ遊びに付き合ってやれるほどの気遣いは、今の俺には無いからだ。  突っ込んできた車は、紛れもなく俺の所有していたポルシェだった。  いわゆる「芸能人・人気歌手」ってカテゴリに分類される職業でメシを食っていた俺は、それなりに仕事も順調で、件のポルシェを含めて数台の車を所有出来る程度の収入があったのだ。  誰も乗っていない車が、なんだっていきなり動き出したのか?  今に至っても、その理由を俺は知らない。  そんなコトは俺が病院のベッドで痛みに呻いている間に、警察がしっかり調べてくれるモンだと思っていた。  ハッキリ言って若い頃から無茶苦茶ばっかりやっていたから、警察なんてところと関わりを持つのは常に「ロクデモナイ」理由ばかりで、俺にとっては初めて「被害者」って名前で呼ばれる状況だ……ったハズなのに。  しかし、ようやくヒトと話が出来るようになった俺の前に現れた「刑事」と名乗る無能共は、きっぱりと全てを「俺の所為」だと言い切りやがった。  ヤツらは「ポルシェを止めた時のブレーキのかけ方が甘かった」んだ…なんて平気な顔で抜かしやがったのだ。  やっぱりアイツらと関わりになるとロクなコトは無い。  というか、そんなふざけた調査結果を聞かされた俺は、引き上げ掛けるヤツらに飛びかかって張り飛ばしてやりたかったが、残念ながら指一本動かす事もままならぬ状態だった為に、おめおめと見逃してしまったのだ。  もちろんポルシェに轢かれた俺の足はかなりのポンコツと化して、もう一生「走る」コトは不可能だと医者に宣告された。  現在では杖に縋ればなんとか歩ける程度に回復はしたが、医者には「リハビリ次第で杖も必要ではなくなる…かもしれない」などというふざけた診断結果をくだされている。  事故の直後はベッドから起きる事も出来ず、あげくに「事故原因は自業自得」などと言われてふて腐れていた俺は、もうすっかりなにもかもがイヤになっていたからリハビリなんてする気にもならなかったのだが。  しかし現実逃避しているヒマなど、俺には無かった。  首から下を自分の意思で動かす事が出来ない程の怪我を負った…と言う事は、予定していたコンサートツアーやら契約しているレーベル会社とのアルバムリリースのノルマやら、全てがキャンセルされて「賠償請求」が回ってきたのである。  もっとも、毎月高い金を払って掛けていた保険で、それらの穴埋めは出来る……ハズだった。  そう言った「事後処理」を任せていた経理の人間が、全ての金を持って逃げてしまうまでは。
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