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Tuesday morning1
昼近くになって、俺は再び覚醒する。
ヘタをすると昼を過ぎている事もあるが、まぁ大体は10時をちょっと回った頃にはベッドを抜け出すのだ。
ダイニングに行くと、そこにはフミアキが自分の為の朝食を用意するついでに準備してくれたと思わしき、俺の為の食事が用意されていた。
ぎこちない仕草で椅子に座り、冷めた食事をつつき回していると、玄関が開く音がする。
「おはようございます」
ダイニングに顔を出したジャックは、俺がそこで遅い朝食をとっている姿を確認すると、ペコリとお辞儀をした。
「おはよう。いつも悪ィな」
「いえ、俺にはこのぐらいしか出来ませんから」
微かに笑みを返して、ジャックは寝室に向かった。
トンズラをこいた「事後処理」を任せた人間は、下りた保険のみならず俺の全財産を持って行ってしまっていた。
つまり、動産・不動産を問わず、全てを金に換えてそれらを見事な手際で俺ではない「ダレか」の名義に書き換えて、サクッと持ってドロンっと消えてしまったのだ。
全財産を持ち逃げされた俺の手元に残ったのは、入院中に病室に持ち込んだ僅かな身の回りの品だけ…だった。
あまりにも鮮やかになにもかもを持って行かれ、ただでさえ自暴自棄になりかかっていた俺はもう完全に茫然自失になってしまった。
当たり前のように用意して貰った個室で、大手術でようやく命を取り留めて尋常ならざる怪我を癒やしていた俺は、いきなりその部屋代も払えないような事態に陥ったのだ。
健康な頃だったら、その程度の支払いに狼狽えもしなかったろう。
せめて怪我の程度が「腕一本、単純骨折」クラスだったら、直ぐにも病院を飛び出して金を作る事も出来た。
だがその時の俺は、ベッドから起きあがるどころか、両足は回復の見込みもままならず、両手すらも痺れて動かないような状態だったから、金など浪費は出来ても1円だって稼ぐ事は不可能だった。
しかも、そこまでポンコツになってしまっては、俺自身にはもう商品価値すら残っちゃいない。
そんな風に途方に暮れていた俺に、手を差し伸べてくれたのはジャックだった。
ジャック……ってのは、あだ名である。
本名は北沢淳司という、れっきとした日本人だ。
コイツは、俺がまだライブハウスみたいな場所でスターダムを夢見ながら歌っていた頃に知り合った、旧知の友である。
自分には音楽的な才能は無いけれど、ロックミュージックが大好きだから是非手伝わせてくれと言って、バンドの雑用をこなし、俺が独立した後は付き人のようなコトを一手に引き受けていてくれていた。
外見が白くてぽっちゃりしていて、なんというか人を和ませるほにゃっとした顔つきをしており、昔流行った「女神転生」とかいうゲームの中に出てくる「雪だるまのモンスターにソックリだ!」と誰かが言いだしたのがきっかけでそのモンスターの名前…すなわち「ジャックフロスト」のジャックが愛称になってしまったのだ。
で、そのジャックが。
身ぐるみ剥がされた俺を、友人としてみかねたのだろう。
是非援助させて欲しい…と申し出てくれた。
もちろんジャックは、俺が今後はもう「ただ浪費するだけ」しか脳が無くなったコトも承知していたし、現在では自力でウロウロ出来る程度に回復はしているモノの、当時は寝返りすら他人の手を煩わさなければなならず、簡単に言えば「寝たきり」状態でほぼ24時間付き添いが必要だと言うコトも判っていた。
それが判っていてなおそう申し出てくれたジャックの友情に俺は感動すらしたけれど、しかしジャックの負担以外にはならない自分を鑑みると、そうそうジャックの厚意に甘えてイイ訳がない。
とはいえ今すぐにでも支払わなければならない請求書が目の前にあり、ヘタをすると明日にも病院を叩き出されない状況下の俺には、選択の余地など残されてはいなかった。
そうして途方に暮れかけていた俺の病床に、中師サンが見舞いに訪れたのだ。
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