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Tuesday morning2
中師サンは、俺が契約しているレーベル会社の最高経営責任者…いわゆる「CEO」ってヤツで、簡単に言えば「超エライ人」なんだが。
俺は一応「レーベル会社のドル箱」だったし、中師サンがまだあんまりエラクなかった頃からの付き合いがあるから、年は離れていたけれど友達としての付き合いもある。
だから「亀の甲より年の功」な年上の友人として、俺は自分の置かれている状況…すなわちジャックからの申し出の話を相談したのだ。
選択の余地を全く見いだせなかった俺は、その時既に9割方ジャックの申し出を受けるつもりになっていて、中師サンにも相談と言うよりは半ばグチに近い感じで話をしたのだが。
「それって、北沢君にずいぶん負担になるんじゃないのか?」
黙って俺の話を聞いていた中師サンは、話を聴き終わった所でいきなり核心を突いてきた。
「でも中師サン、そうでもしなきゃ俺は首くくるしか他に方法無いぜ?」
「確かにそうだろうな。しかし、北沢君はオマエの付き人以外の仕事に就いた事がないんだろう? オマエがそんな状態じゃ、北沢君だって職を失ってしまう事になる。二人一緒に共倒れるのがオチなんじゃないのか?」
ジャックの負担になる…ってコトは重々承知していたが、しかし中師サンにそう指摘されるまで、俺はそのコトに全く気付いていなかった。
「でもそれじゃあ、一体どうすりゃイイってのさ?」
悲嘆に暮れて、俺は投げ遣りにそう問い掛けた。
「経済的に負担にならない人間に、援助を求めれば良いんじゃないのか?」
「他にアテがねェから、ジャックに頼むより他にないンじゃんか」
「本当に他にアテが無いのかい?」
「ねェよ?」
そう言った俺に、中師サンはちょっとビックリしたような顔をして見せた。
「私は一度も、頼まれた記憶がないが?」
「はぁ?」
たまげる…というか、呆れる…というか、とにかくあまりに予想外の答えが返ってきて、俺は面食らってしまった。
「中師サンに頼むワケにはいかねェだろ? 金が返せるアテもないのに!」
「さぁ、それはどうかな? 例えばそうだな、マンションの一つも買い与えて、時々話し相手になってくれるなら世話を焼いてもいいぞ?」
「………なにそれ?」
「古典的な表現をするなら、お妾さん…だろうな」
ハッキリ言って、たまげた。
全財産を持ち逃げされてしまった俺は無一文だったし、俺の版権はナゼか全部「恵まれない世界の子供達」の為の援助金に化けるようにされていたし、こんなポンコツになってしまっては俺自身にすら既に商品価値が失われている……と俺は思っていた。
そりゃあ確かに、今の俺にミュージシャンとして再起しろ…と言われるとは思ってなかったけれど。
まさか「愛人になれ」と言われるなんて、誰が予想出来る?
「中師サン、アタマ大丈夫?」
「残念ながら、ちゃんと役員として認められる程度には正気だな」
「だって……若くてグラマーなオネェチャン…じゃなくて、俺だよ?」
「見れば、判る」
「それを相手に、……妾?」
「そういう場合は、好みが変わっているというんだ。アタマに関係なくな」
「…中師サンって、そーいう趣味だったの?」
「さぁ、どうかな?」
ニイッと食えない笑いを浮かべたチーフエグゼクティブオフィサーに、俺は即座に返事が出来なかった。
実際、ジャックに比べたら中師サンは「セレブ」だし、申し出の内容も考え方によっては「ビジネス」として割り切る事も出来る。
だが、この食えないオッサンが何処まで本気なのか、俺にはその時全く判断出来なかったからだ。
選択肢が増えたには増えたが、なんとも判断しかねる状況になった俺は、次に病室を訪れたタケシになにげなくその話をした。
タケシはフミアキ同様、俺のサポートをしてくれているバックバンドのメンバーだ。
堅実でロマンチストなベーシストのフミアキに対し、華やかで機転の利く現実主義のギタリスト…である。
「そりゃ確かに、もう50になろうっていう中師サンから見りゃ、俺なんぞはまだ30代に入ったばっかりの青二才かもしらんが、それにしたってそんなモンを『愛人にして囲う』なんて、正気の沙汰と思えるか?」
「そう…ですねェ。そんじょそこらの30代の男を連れてきて、愛人にしようとは思いませんけど」
「そうだろう?」
「でも、相手がシノさんなら、俺もちょっと囲ってみたいなぁ」
「はぁ?」
またしても理解の範疇を越える答えを返された俺は、唖然としてタケシの顔を見つめてしまった。
しかし、俺がどんなに「宇宙人を見るような目」で見つめても、当のタケシはケロッとしたまま。
「中師サンがシノさんの為に住居を提供するって言うなら、俺はシノさんの生活費を出してあげるよ」
なんてほざくのだ。
この時点で、俺は自分が付き合っていた周りの連中がミュージシャンとかアーティストとか、いわゆる世間からは外れてしまった「変人」とその「変人」共と付き合える程度にやっぱりどっかコワレてるような輩ばっかりだ…というコトに気付くべきだったのだが。
てっきりそんなコトに考えが及びもしなかった俺は、その後次々訪れた友人達…つまり昨夜訪れて「お姫様ゴッコ(本気)」をやらかしていった稀代のロマンチスト・フミアキやら、タケシ同様に俺のサポートに入っていたギタリストのハルカやら、元・バンドのメンバーである旧友のレンに相談を持ちかけ。
そして、それら尽くからタケシ同様の返事…ようするに「生活費を出します」だの「結婚しましょう」だの「後悔させない」だのという正気の沙汰とは対極の位置にあるような台詞を聞かされるに至ったのだ。
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