黄昏の約束

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 1年後。  ふと、清孝は彼女とのデートに、蛍の見れる池を選んだ。  胡桃とのデートには、ちょっと似合わない場所と感じながらも、何故か、あの場所に行きたいと強く思ったからだ。 『えっ?あの場所ってどこだ?なんで、あの場所に行こうと決めたんだ?』  清孝は記憶が混乱するなか、車を運転していた。  走る車の中、胡桃は窓を全開に開けて、子供のようにはしゃいでいる。そんな姿の胡桃を見るのは初めてだった。  もうすぐ、蛍の見れる池の場所というところで、目についたコンビニに車を停めると、清孝は「ちょっと待っていて」と言って、店内に姿を消した。  すぐに清孝は戻って来た。彼の手にはシールの貼られた紙コップが握られている。  胡桃は紙コップを買ってきた理由を知りたくて、清孝に「なんで紙コップなんか買ったの?」と尋ねた。しかし、清孝は「ナイショ」と理由をはぐらかした。  蛍の見れる池に到着した。  清孝と胡桃は車を降りて、しばらく川沿いの林道を歩く。すでに陽は山の背に隠れて、辺りには夕暮れの帳に包み込まれ始める。 「昼間に比べると、山の中のせいか、この時間だからなのか、とても涼しいね」  胡桃の言葉に、清孝は「夕暮れの黄昏時。そうそう。黄昏の意味を知っている?」と質問で返した。 「黄昏の意味?黄昏って、夕方って意味じゃないの?」 「違うんだな・・・。黄昏は、辺りが暗くなった所に、目の前に現れた人、『たれそ、彼?』という言葉が変化したもの。黄昏。つまり、逢瀬、恋人同士が夕方に会う時の言葉なんだ」 「へぇ・・・。ちょっぴり、いい話じゃない」  胡桃は心が少し温かくなった。それは、初夏のせいでなく、付き合い始めたばかりの彼からの言葉に、嬉しかったからだ。 「ここだよ」  清孝が足を止めた。そこには森の中にある小さな池だった。  池は静かに小さな波を打っている。波は一本の小さな流れへと向かって行く。その先は、二人が歩いてきた川へと繋がっているのだ。 「ホタルは?ホタルがいないじゃん」  胡桃が近くへと歩き、ホタルを探す。 「待って。ここでは、不思議な儀式を行う必要があるんだよ」  そう言って、清孝は手にしていた紙コップを1つ、取り出すと、「おいで」と胡桃を手招きした。  胡桃が清孝の傍へ行くと、「見てて」と言って、池の水をコップで汲んだ。 「ええっ、この水、飲めるの?」  ちょっと嫌がる仕草をする胡桃に、清孝は、「もう暗くて見えないかも知れないけど、この池は地下からの湧水が溜まった池なんだ。だから、この水は飲めるよ。飲んでごらん」と勧めた。  胡桃は渋々、紙コップに汲まれた池の水を飲む。胡桃の喉を通る水は冷たく、甘く、優しい感じがした。 「美味しい・・・」  胡桃がその言葉を呟いた時、2人の周りの草木から、緑色の光が浮かび上がった。 「見てごらん。来たよ・・・」  それは数えきれない程の無数の蛍が舞い上がった姿だった。 「スゴイ!」  胡桃は蛍の光が辺りを明るく、幻想的な情景を描いていることに感動している様子だった。  蛍達は、緩いカーブを描きながら、池に向かって飛んで行く。そして、池の周りを様々な動きで翔び回る。  清孝は、その姿を見つめながら「一年ぶりだね」と囁いた。  その言葉に、反応するかのように、蛍達は池の水面から暗くなった夜空へと舞い上がる。  いつの間にか、夜空には綺麗な星が輝いていた。 「キレイだね」  蛍達の幻想的な時間は、一刻程で終わった。  翌日、胡桃の会社から清孝に電話が掛かってきた。 「緊急連絡先が、そちらになっていましたので電話しました。中条胡桃さんが仕事中に倒れられ、病院に運ばれました。が、先ほど連絡がありまして、彼女が急性心不全により亡くなられました」 「そうですか。わかりました。ご連絡ありがとうございます」 「えっ?あっ、イヤじゃなく・・・・」  まだ何かを伝えたかった口調の相手の電話を切ると、清孝は机の引き出しを開いた。  中から伏せてある写真立てを取り出す。  そこに飾られていたのは胡桃ではなかった。 「佳菜子。昨日は短い時間だったけど、一年ぶりに会えたね。命を使って、佳菜子に会わせてくれた胡桃に感謝しなきゃ・・・」  そう呟きながら、写真の佳菜子の姿を指でなぞる清孝。 「来年も、また誰かを誘って会いに行くよ。あの池は、佳菜子の物だから、佳菜子に会いたい時は、誰かの命を使わせて貰わないとね。他人の命と引き換えに、一刻・・・。30分だけ会えるなんて。短いけど、嬉しいよ。僕は」
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