潤う砂漠と乾く水と

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 悲痛な叫びと共に、闇が真っ直ぐゾルフの元へと飛んでいく。それを受け止める時、ゾルフは笑っていた。それが儚く見えたのは何故だろう。  息を切らすアルゾフは、持っていた力の殆どを出し切ったようだ。砂塵病の傷に深さが増している。治療を始めたばかりの状態で身体に負荷を与えたことが原因だ。 「…あの男が、母様を殺したんだ」  力無き声で呟くアルゾフは、一国の王ではなく、思春期すら終えていない小さな小さな子供のようだった。 「優しくて、魔法も上手だった母様が、地下牢で殺された。魔法陣の上には血痕しか残っていなくて、気を失った僕が目を覚ました時、あの男が泣きながら魔法陣を消していた。自分で母様を殺しておいて、僕に謝ったんだ!謝っても母様は帰ってこないのに!!!」  それこそが、アルゾフがゾルフを殺した最も大きな理由であった。ゾルフが読んでいたように〈愛されていないと思っている〉というのも理由ではあるだろうが、まだ9つだった当時に父親を殺してしまうほどに、彼は母親を愛していたのだろうか。 「あぁ、そうだな。お前の母は…エイランは美しく、儚く、気丈で、心優しかった」 「きさ、ま…っ!」  言葉のとおり闇を〈受け止めた〉ゾルフは、誰もが目視できないほどのスピードでアルゾフの目の前に到達し、闇を含んだ右手で息子の顔を固く掴んだ。 「息子を〈そう〉させてしまった責任は、父親である私にある。この闇はお前が生んだものだ、残さず飲み込め」 「母様を殺したその手で、僕も殺すのか!!!」 「エイランを殺したのはお前だ、アルゾフ!!!!!」  何かがひび割れる音がした。それは親子だけでなく、その場にいた全員に聞こえた音だ。ほんの少しだけ魔力を込めたため、アルゾフは抵抗もできず闇を飲まされた。そのまま脱力した息子を抱え、ゾルフはゆっくりと地面に降りていく。ゼスも船を動かし、皆を連れて中庭の真ん中に降り立った。 「師匠!」  アルゾフの力が途切れたことで、先程からゼスに無事を伝える魔法を送り続けていた弟子たちが、部屋の窓から降り立ってくる。 「見えておったぞ。無事で何よりじゃ」 「師匠、この方は…」 「…お前さんらの、兄弟子じゃ」  息子を抱きかかえる腕も、頭を撫でる仕草も、切ないほど愛情が込められていた。しかしゾルフはもう、無償で息子を愛することができない。 「申し訳ない。お見苦しいところをお見せした」  〈もう笑わなくていい〉そう言いたくなる程、ゾルフは辛そうに笑った。
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