潤う砂漠と乾く水と

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「陛下…?」  小さく弱々しい声が木霊する。深い眠りについていたメアムが目を覚ましたのだ。声のする方へやってくると、外見が全く変わってしまったアルゾフが皆に囲まれて目を閉じているのを見つけた。 「陛下、髪、真っ白」  アルゾフによく似た顔をしているゾルフなど気に掛けず、メアムはそっとアルゾフの傍にしゃがむ。 「綺麗な、赤だったのに」 「…お嬢さんは、アルゾフの友人か?」 「友人…専属医師として雇ってくれて、役立たずの私に居場所をくれた、大切な人。恩を返したくて傍にいたのに、陛下を困らせてばっかりで。友達なんて、絶対に言えない」  しかし、彼女もまた医師だった。自然と脈をとり、それがとても弱くなっていることが分かる。一つ、また一つと大粒の涙が落ちていく。 「…メア、ム」  掠れた声にメアムが目を見開く。アルゾフは薄らと目を開き、メアムだけを見つめていた。 「すま、ない。わたし、は、もう」 「駄目です!!」  メアムの小さな手がアルゾフの両頬を温かく包み込む。 「傷なら私が治します。辛ければ傍にいます。ムカついたら叩いていいです。叫んでもいいです。逃げてもいいです、追いかけます。医師としての勉強ももっとしますし、身の回りのお世話も頑張ります。陛下が笑って過ごせるように、どんなことでもこなしてみせます。だから、だから、死んじゃ駄目です」  最早生気が殆ど感じられない瞳から、一筋の涙が零れた。メアムにはこんな姿を見せたくなかった。メアムといる時間だけは幸せで、ゆっくりと過ぎていくことが嬉しかった。  どこかで覚えていたのだ、自分が母を食ったことを。  そのおかげで父を殺すほどの力を得、ロフィ流派ではない母の力はゼスの目をもくぐり抜けることができたのだ。 「わたしは、お前の、そばに、いられない。わたしの、手、は、汚れすぎている」  こんな血に染まった手でメアムに触れることはできない―――今となってはそんな力すら残っていないのだが―――。 「私にとっては汚れていません!」  それなのに、メアムは躊躇なく手を握ってきた。冷たく伸びた白い手が熱を帯びていく。直接触れた温もりから、ほんの少し震えが伝わってくる。 「陛下は優しすぎるんです。辛くて苦しいのに、全部1人で抱えてて。何のために私がいるんですか!」 (私は…一体何を見ていたのだろうか)  一方的に父を恨み、母を殺めたことまで忘れ、都合よく扱っていたはずのメアムが気付かぬうちに大切になり。  傲慢な独裁者という名が一番似合うのは自分じゃないか。    オアシスを潰そうとしたのも、永遠の処刑をより酷なものにしようとしたのも、ただ父に嫉妬していただけに過ぎない。母を喰らっても父のような力を得ることはできなかった。  結局自分には才が無かったのだ。
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